第30話:急報

「ん……?」

 セイリーンが目覚めると、騒がしい音が部屋の外から聞こえてきた。

(どうしたのかしら?)


「お嬢様、お目覚めですか?」

 ケイトがドアをノックして入ってくる。

「何かあったの?」

「南部の港町から使者が来ているようです。今、ディアラド様たちがお話し合いに」

「すぐ、着替えます!」

 セイリーンは身支度を調ととのえると、ディアラドのところへと急いだ。


「セイリーン! よく眠れたか?」

 慌ただしく兵たちと話しているなか、ディアラドがセイリーンに声をかけてきてくれた。

「はい。何かトラブルでも?」

「ああ。ここを南下した所に港町があるのだが、その周辺で魔物の姿が目撃されたらしい」

「えっ! 魔物が……?」

「ああ。今新しく作ったばかりの街なので、警戒はしていたがやはり出てきた。俺は兵たちと魔物を確認しに行く。悪いが、そなたたちはここで待っていてくれ。キースと兵たちに守らせる」

「……!」

 緊迫した様子で兵たちの報告を聞き、指示を出すディアラドをセイリーンは見つめた。


(そうだ、彼は広大な国土を守る王なのだ。忙しくないはずがない)

(なのに、もう四日も私に付きっきりで……)

 王と一緒に静養の旅をするということが、どれほど贅沢ぜいたくな時間だったかセイリーンは今ようやく気づいた。

(私……自分のことばかりで、ディアラド様のお立場を考えていなかった……)


「では、すぐに立つ! 俺の馬の用意を!」

 兵に声をかけたディアラドが、足早に近づいてくる。

「セイリーン、なるべく早く対処するようにするが、被害が出れば数日かかるかもしれない。もし帰国したくなったらキースに行ってくれ。すぐに魔道を使って帰れるようにするから」

「……っ」

 ここでお別れかもしれない、と思うと心がずきりと痛んだ。


(ディアラド様は他国の王……。国に帰ったら、もう二度と会えないかもしれないんだ……)

(ディアラド様のそばにいたい……。もっと色々話したい……)

(でも、迷惑をおかけしては……)


 ぐっと我慢しようと思ったセイリーンだったが、昨晩心が通じ合った瞬間を思い出した。

 遠慮や気遣いによって自分が失ったものの大きさも。

(自分の正直な気持ちを伝えなければ、きっと後悔する……!!)


「あ、あの、私もお供してはいけないでしょうか!?」

 セイリーンの言葉に周囲の兵たちが、ぎょっとしたように目を見張った。

「お荷物になるのはわかっています! でも、私、ディアラド様のおそばにいたいのです!」

 きっぱりしたセイリーンの声に、室内は静まり返った。

 誰もがセイリーンの本気を感じ取り、ディアラドの反応を見守っている。


「やはりお邪魔でしょうか?」

 ディアラドが虚を突かれたような表情から一転、決意を秘めた顔になった。

「いや、そなたがそばにいてくれた方が俺は安心だが……。せっかく静養に来たというのにまた移動するうえ、魔物と戦闘になるかもしれない」


「でも、ディアラド様は魔物を倒せるんですよね?」

「ああ。それに目撃されたのはシュネー・ヘルデという小型の魔物だ。大して強い魔物ではない。だが、群れをなす習性があって、大量に来られると厄介なので早めに追い払う」

「では――」

「危険は承知の上だが、そなたを港町へ連れて行きたい。俺もそなたと少しでも長く一緒にいたい」


 ディアラドの言葉に兵たちの空気が明らかに変わった。

 王の決意、望みを知り、叶えるために対応を変えようとしている。


「では、ご同行させてください! ケイトはここに残って!」

「えっ、もちろん私もお嬢様と一緒に行きます! ディアラド様、そんなに強くない魔物なのですよね?」

「ああ。一匹の戦闘能力でいえば昨日の銀月豹の方が強いくらいだ。大きさも野ウサギくらいだ」

「なら、ディアラド様のお側のほうが安心ですね」

 昨日の狩りの様子を遠目で見ていたケイトはそう判断したようだ。


 ディアラドの顔に笑みが浮かんだ。

「どうされたんですか?」

「いや、嬉しくてな。一緒にいてくれるのももちろんだが、新しく建設中の港町をそなたに見せられるのが。王都ほどは人が多くないが、活気のある街だ」

「じゃあ、俺も同行だな。港町だから魚介料理も美味いよ。あー、俺、金目鯛の炭焼きが食いたい! あれ、南部でしか食えないんだよなあ」

「キースさんは食べるのが大好きなのですね」

「まあね。美味いもの食うと元気が出るし。精霊術はすごく体力を使うからな」


 セイリーンとケイトは馬車に乗り、ディアラドや兵士たちが騎乗して周囲を警戒しながら進むことになった。

 魔道を使い、シュネー・ヘルデが目撃された港町近くの街道へと移動する。

 セイリーンたちの乗る馬車は、ディアラドとキースが常に馬で併走してくれた。

 ディアラドの姿が窓から見えるだけで安心感が全然違う。


 途中、目撃された地点での探索などを行ったが、結局魔物は現れなかった。

「見間違いだったんでしょうか?」

 休憩中にディアラドに尋ねると、首を横に振られた。

「いや、複数の目撃証言があるから近くにはいるだろう」

「人が大勢いるから警戒したのかもしれないなー」

 キースも馬を操りながら、周辺を油断なく見回す。

 だが、シュネー・ヘルデの姿はなかった。


 ディアラドたち一行は、魔物の姿を見ることなく港街へと着いた。


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