第43話:監禁

 館から離れた場所にある石造りの小屋に来ると、扉の前に二人兵士がいた。


「ここに父が……?」

 伝染病の可能性があるので隔離されているとは聞いていたが、それにしても粗末な小屋に兵士付きとは思わなかった。


「ああ、入れ」

 ルシフォスにうながされるまま、セイリーンは小屋の中に入った。

 小屋には質素な椅子とテーブルが置かれているだけで、誰もいない。


「……? ルシフォス殿下、父はどこに……?」

「公爵は病気ではない。あれは嘘だ」

「は? どういうことですか?」

 セイリーンは意味がわからず問いかけた。

 ルシフォスがじっと見つめてくる。


「そなたを取り返すためだ」

「私を……?」

「そうだ。グレイデン王国に勝手に行くとは何事だ!」

「……私はもはやあなたの婚約者ではありません。静養に行くのに許可を取る必要はありません」

 きっぱり言い切ると、ルシフォスが眉間に皺を寄せた。


「この私に口答えか! グレイデンに行って随分変わったものだな!」

「……父がいないのであれば、帰らせていただきます」

 扉に向かって歩き出したセイリーンの腕をルシフォスがつかんだ。

 そのまま、ぐっと引き寄せられる。


「そなたは私のものだ!」

 信じられない言葉にセイリーンは驚愕した。

「あなたが婚約を破棄したんでしょう!?」

「ああ、そなたは王妃にはふさわしくない。だが――側室としてならば、私のそばにおいてやってもいい」

「は?」

「正式な側室の子には、王位継承権も与えられる! この上もなく名誉なことだ!」

「何を言って……」


 セイリーンは唖然とした。

 もしルシフォスを深く愛しているのならば側室でも構わないのかもしれないが、今の自分は心底彼に愛想を尽かしている。


「お断りします」

 即答すると、ルシフォスの顔がぐしゃっと歪んだ。

「ディアラドか……」

「え?」

「あいつのせいだな!」

「違います!」


 たとえディアラドの存在がなくとも、こんな仕打ちをする人間のそばにいたいとは思わなかっただろう。

 だが、ルシフォスはもはやセイリーンの言葉など耳に入っていない様子だ。


「ならば、ディアラドがいなくなればいいのだな」

「ルシフォス殿下!」

「そなたにディアラドの首を見せてやる。そうすれば気も変わるだろう」

「ディアラド様に何を――!?」


 セイリーンはハッとした。


 父の手紙とともに渡されたディアラドへの手紙。

 魔物退治を頼んできたのはルシフォスだ。


「まさか……魔物の討伐隊の話も嘘なのですか……?」

「そなた、思っていたよりも頭が回るのだな。張り切って魔物退治に来たものの、獲物は自分たちだと気づいた頃には死んでいるだろうよ」


「討伐隊ではなく暗殺部隊……」

 味方だと安心させておいて、背後から襲うつもりなのか。

 ディアラドはルシフォスを信じて、キースの他にたった二人しか護衛を連れていない。

(いくら彼が手練てだれとはいえ、油断しているところを襲われたら――)


「やめてください!」

「魔獣王だか何だか知らないが、矢を何十本も受けて立っていられるかな。もうすぐ切り落とした首を持って、討伐隊が帰還するはずだ」

 ルシフォスがセイリーンをいたぶるかのように、おぞましい言葉をぶつけてくる。

「ひどい……!」

 セイリーンはぐっと拳を握った。


「他国の王を暗殺などすれば、戦争になります! あなたは国民の命を危険にさらすおつもりですか!?」

「そうはならぬ。ディアラドは公爵令嬢に懸想けそうし、求婚したものの、父であるサイラス公爵に断られ激高し、殺してしまう」

「は……?」

「この王剣でな!」


 ルシフォスがマントで覆っていた背中から、王剣を取り出した。

 柄頭に赤い宝石が付けられた、印象的な装飾の剣に見覚えがあった。


「ディアラド様の剣を、なぜルシフォス殿下が!?」

(公爵家で預かっていたはずなのに!)

「これみよがしに腰にぶら下げていたから、皆これがディアラドの剣だと知っている。この剣で公爵を斬ったならば、ディアラドの仕業しわざだと誰しも信じるだろう。グレイデン王国の王剣など、他の誰が使える!?」

「正気ですか、ルシフォス殿下!!」


「で、公爵殺しを目撃した私の近衛兵がディアラドをやむなく殺した、という筋書きだ」

「そんな……」

 セイリーンは呆然としたものの、一概に荒唐無稽こうとうむけいな計画とは言い切れなかった。


 ミドルシア王国内での出来事ならば、王太子の言葉が信用されるだろう。

 ディアラドは即位したばかりで、まだ国内に長い付き合いのある者はいない。

 ディアラドの人となりを知っている者も、かばう者もいないだろう。

 死人に口なし、というわけだ。


「私の父を……長く国に貢献してきた公爵を殺すのですか!?」

「金品目当てに他国の王に自分の娘を嬉々ききとして差し出すような売国奴ばいこくどは、我が国には必要ない」

「そんな……っ」


 ルシフォスがまるで別人のように見えた。

 今や彼は大国の王太子ではなく、暗い感情に囚われ、おのれのおぞましい計画に愉悦する殺人鬼だった。


「なぜ、そこまで……! 私たちやディアラド様が何をしたというのです!」

 ルシフォス冷ややかな青い瞳が、セイリーンを見やる。

「おまえが……辺境の王なんぞにうつつを抜かすからだ。おまえはミドルシア王国の国民だ。私のものだ。そなたはもう、私の領地から出さない」

「私を飽きた玩具のように捨てたのは、ルシフォス殿下ではないですか!」

「……だからと言って、他の男にくれてやった覚えはない」

「ルシフォス殿下!」

「見張りをつけておく。逃げようなどとは思うな。そなたを鎖で繋ぎたくはない」


 見張りの兵士が一人中に入ってきた。

 扉は固く閉ざされ、錠前のかかる非情な音がした。

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