第42話:思わぬ再会

 セイリーンたちは魔道を使い、2時間もかからずミドルシア王国の王城へと着いた。


 城の門前には30人ほどの兵たちが既に集まっていた。

 どうやら、ずっとディアラドの到着を待っていたらしい。


「ディアラド陛下、私どもは王太子ルシフォス様が編成した魔物討伐隊です。はるばるお越しいただき、ありがとうございます」

 隊長の挨拶に、ディアラドが頷く。

「俺たちが来たからには必ず魔物を掃討する。安心して付いてきてほしい」


 ディアラドがセイリーンに向き直る。

「ここで大丈夫か、セイリーン」

「はい、もう城は目の前ですので」

「公爵の無事を願っている。気をしっかり持つんだぞ」


 ディアラドが馬に乗り換える。

 その手にはがっしりとした、対魔物用の弓矢がたずさえられていた。

 漆黒の毛皮のマントをなびかせる凜々しいディアラドの姿に、討伐隊の兵たちもが憧憬の眼差しで見つめる。

 馬上のディアラドの姿は、絵画に描かれた英雄のような力強さと神々しさがあった。


「ではな、セイリーン。行ってくる」

「ディアラド様、お気を付けて!」

 微笑んだディアラドがケイトに目をやる。

「ケイト、セイリーンを頼む」

「お任せください」

 ケイトが力強く頷く。


「ディアラド様、ご武運を!!」

 セイリーンは無意識に叫んでいた。

 自分でも信じられないくらい、大きな声だった。

 馬上のディアラドが振り向き、軽く手を挙げてくれた。

「セイリーン、心配するな! すぐに戻る!」

 ディアラドの力強い言葉に、安堵が広がる。


 ちゃんと自分の思いを口にすれば、ディアラドはきちんと受け取って返してくれる。

(こんなささやかなことがすごく嬉しい……)


「行ってしまわれた……」

 ディアラドたちの姿が消えると、急に寂しさが込み上げてきた。

 自分の国に帰ってきたというのに、妙に心細い。

 何かが足りない。そんな不思議な気分になっている。

 自分がディアラドをどんなに頼りにしていたか、そして彼がどれほど自分を安心させるために心を砕いてくれていたかをセイリーンは実感していた。


「ねえ、ケイト。まるで夢のようだったわね。この5日間」

「ええ。とても素晴らしい旅でした」

 ケイトも小さくなっていく討伐隊の姿をじっと見つめていた。


「私……帰ってきたばかりなのに、もうグレイデン王国が恋しいの。おかしいかな?」

 ケイトが微笑み、ゆっくりと首を振った。

「いいえ。私も……もう戻りたくなっていますもの。あの国へ」

 二人は微笑みあった。

「では、行きましょう。父の容態を確かめなくては」


 そのとき、王城の門からルシフォスの侍従長が出てきた。

 ルシフォスが生まれた時からずっと側にいる、腹心の部下だ。

「セイリーン様、お待ちしておりました」

「お久しぶりです、侍従長。お父様のお加減は?」

「伝染するやまいかもしれないので、王都からルシフォス様の領地へと隔離いたしました」

「そうなの!? 具合は?」


 父が王城にいないと聞いたセイリーンは動揺した。

 思ったよりもずっと危険な状態なのかもしれない。


「高熱ですが、容態は安定しております。さ、お早く。侍女どのも」

 かされるまま、セイリーンとケイトはルシフォスの馬車に乗せられた。

(お父様……どうかご無事で)


 馬車に揺られることおよそ1時間、セイリーンたちはルシフォスの領地に着いた。

 ここはルシフォスの持つ領地の中でも最も規模が大きく、畑や牧場も擁している。


 侍従長が緑豊かな自然に囲まれた道を通り、セイリーンたちを本館へと案内する。

(この領地に来るのは何年ぶりだろうか……)


 道を抜けると、目の前に美しい庭園が広がった。

 その奥には城のような立派な館がそびえたっている。


「よく来たな、セイリーン」

 本館から出てきたルシフォスが、ゆっくりと歩み寄ってくる。

「……っ!」

 セイリーンは驚いて足を止めた。


 ルシフォスの領地ではあるが、まさか本人がわざわざ出迎えに来るとは思わなかった。

 傍らのケイトの顔も強張る。


「……ルシフォス殿下、このたびは父がお世話になっております」

 セイリーンは深くお辞儀をした。

 だが、返答がない。

 仕方なく、セイリーンはそっと頭を上げた。

 ルシフォスがぽかんとした表情で自分を見ている。


「ルシフォス殿下?」

「……いや。そなた……変わったな……」

「は?」

 セイリーンは首をかしげた。

 あの婚約破棄からまだ一週間くらいしか経っていない。

 そんなに驚くほど変わっているはずはないのに、ルシフォスがじろじろと見つめてくるのが不快だった。


(不思議だ……。一生おつかえしようと思っていた方なのに、今はとてもいとわしく感じる……)

 キースの無神経ともとれる「婚約破棄されてよかったな」という言葉が、正鵠せいこくを得ていたことに気づいた。

(なぜ、こんな人と結婚しようと思っていたのだろう……。親同士が決めたとはいえ)


「とにかく、こっちに来い!」

 乱暴な口ぶりに反感を覚えたが、セイリーンとケイトは仕方なく歩き出した。

 だが、ルシフォスが不快げにケイトを見やった。

「侍女は本館で待っていろ。セイリーンだけ連れていく」

「えっ、でも、お嬢様をお一人には――」

 驚いたケイトがつい言葉を口にした時だった。


「侍女ごときが王太子に話しかけるとは何事だ!!」

 ビリビリと空気を震わせる凄まじいルシフォスの一喝いっかつに、ケイトがびくりとした。


「王太子の命令だぞ! セイリーン、侍女のしつけがなってないな!」

 ルシフォスがケイトを睨みつけ、乱暴に指差した。

「いいか? もう二度とこの生意気な侍女を連れ歩くな! 今後俺の前に現れるようなことがあれば、即刻牢にぶちこんでやる!」


 ルシフォスのほとばしる激しい怒りに、セイリーンは息を呑んだ。

(初めて見る……こんなルシフォス様は……)


 成長してからはなりをひそめたが、ルシフォスが癇癪かんしゃくを起こすことはこれまでにもあった。

 だが、ここまで荒々しく強引な言動を取るのは初めてだ。


 ケイトはすっかり怯えてしまい、可哀想なほど震えている。

 ミドルシア王国では王族の一存で、侍女の処遇など如何様いかようにでもできるのだ。


「ケイト、本館で待っていて。ルシフォス殿下、侍女の失礼をお詫びいたします。

私の指導が行き届かず、ご不快なお気持ちにさせてしまい本当に申し訳ございません」


 セイリーンは深く頭を下げた。

 今はとにかくルシフォスの怒気を収めるのが先決だ。

 早く父に会って無事を確かめたい一心で、セイリーンは耐えた。


「……こちらだ。さっさと来い」

 ルシフォスが素っ気なく道を示す。


 セイリーンは心配げに見送るケイトの視線を背に感じながら、足早に進むルシフォスの後を追った。


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