第49話:ディアラドの剣

「キース!!」

 ディアラドの声に呼応したキースが走り込んでくる。

「任せろ!!」


 するっとどこからかつるが伸びてきたかと思うと、女王の体に巻き付いていく。

「ギイイイイイ!!」

 蔓に拘束され、女王の動きがぴたりと止まった。


 女王の顔が息がかかるほど近い。

 セイリーンは硬直して動けなかった。


「セイリーン!! 無事か!?」

 漆黒の毛皮を羽織ったディアラドの姿に、セイリーンの目に涙が込み上げた。

「ディアラド様!!」

 手を伸ばすまでもなく、ディアラドがセイリーンをさっと抱え上げると小屋の外に出た。

 そこにはキースが立っており、聞いたことのない呪文を唱えつつ、女王に向かって手を伸ばしている。

 キースの唱える声に応じるように、どんどん蔓が女王の体に巻かれていく。

(精霊術……!?)


「ああ、間に合ってよかった……」

 ディアラドが安堵のため息をつき、セイリーンをしっかりと抱きしめる。

 温かく懐かしい感触に包まれ、セイリーンはようやく息をつけた。

「私……私、すいません、私のせいで……!」

「怖かっただろう。遅れてすまなかった。討伐隊はすぐ制圧できたが、事情を聞くのに手間取った!」

「ディアラド様、ご無事でよかった……! ああ、でも、父とケイトが本館にいるんです!!」

 すがりつくセイリーンを安心させるようにディアラドが頷く。


「大丈夫だ。本館で囚われていたオーブリー殿は保護した! ケイトとも合流した!

ルシフォスに連れていかれたと聞いて、こちらに駆けつけたのだ。二人とも無事だ。俺の兵が守っている」

「よ、よかった……」

 セイリーンはようやく緊張を解いた。


「ケイトはすごかったぞ。パニックになっている館の人間たちを集め、頑丈な扉のある食料庫に匿っていた」

「……っ!!」

 ケイトもシュネー・ヘルデの習性を知っている。

 無闇に戦わず、助けを待っていたに違いない。

(きっと、私と同じようにディアラド様が助けに来ると信じて……)


「ディアラド! そろそろ押さえられねえぞ!」

 暴れる女王の体を取り巻く蔓たちが、びきびきと音を立てて引きちぎれていく。

 キースの顔は苦痛に歪み、伸ばした手はぶるぶると震えていた。


「わかっている」

 ディアラドは腰を抜かし、王剣を抱えるようにして震えているルシフォスに近づいた。

「ひいっ!」

 ディアラドが手を伸ばすと、ルシフォスが怯えて体をすくませる。

「返してもらうぞ」

 あっさりとルシフォスから王剣を奪い返すと、ディアラドはすらりと剣を抜いた。

 磨き上げた剣の刀身には、不思議な光る紋様が刻まれていた。


「ディアラド、任せた!」

 苦しげなキースがそう言った瞬間、動きを封じていた蔓が消える。

「ああ」

 ディアラドが地を蹴ると、一気に女王の頭上に飛んだ。

 空中でぐっと体をしなせると同時に、高々と剣を振り上げる。

 日の光に煌めく刀身が、女王の頭蓋に思い切り振り下ろされた。


 「ギッ……!」


 ぐしゃりという頭蓋が割れる鈍い音とともに、激しく血が飛び散る。

 だが、ディアラドの剣は止まらなかった。

「うおおおっ!!」

 頭蓋に食い込んだ剣を、体重をかけるようにして振り下ろす。

 ディアラドの足が地に着くと同時に、女王の頭部が真っ二つになった。

 大量の血を飛び散らせながら、女王の巨躯がどさりと地に伏した。

「……っ!!」

 巨大な魔物をいとも簡単に倒したディアラドを、セイリーンは声もなく見つめた。


 ディアラドは女王の血で赤く染まった剣を手にしたまま小屋に入っていく。

 腰を抜かしたルシフォスに、血にまみれた王剣の切っ先が向けられた。

「貴様のたくらみ、すべて吐いてもらうぞ」

「……っ」

「それとも――ここで魔物のように叩き斬られたいか」

 ルシフォスががっくりとうなだれた。


 キースが縄でルシフォスの手をさっさと縛る。

「女王が死んだから、群れは撤退したな」

 キースの言葉どおり、あれほどたくさんいたシュネー・ヘルデの姿が消えている。

「あああ、もう、キツかった!!」

 キースがぐったりと地面に仰向けに寝転び、両手を広げて大の字になる。

「キースさん……ありがとうございます」

「俺はいいから、セイリーン嬢。ディアラドに声をかけてやってくれ」

 キースが寝そべったまま手を振る。


「ディアラド様……」

 ディアラドは剣の血をぬぐい、鞘に収めている。

 セイリーンが近づくと、ディアラドがびくりと顔を上げた。

「セイリーン、ダメだ。血で汚れる」

 女王の返り血に染まったディアラドが後ずさりする。


「助けてくださって、本当にありがとうございました……」

 安堵した瞬間、ポタポタと涙がこぼれ落ちる。

(女王が目の前にいて、もう終わりだと思った)


「セ、セイリーン……」

 ディアラドが慰めようと手を伸ばしかけ、血まみれなことに気づいて手を止めるのが見えた。

(この人はこんな時にも私の心配ばかりしている)

(私のせいで殺されかけたのに……!)


「ご無事で本当によかった……!!」

 セイリーンは思い切りディアラドを抱きしめた。

 血がついても構わなかった。

「セイリーン……」

 ディアラドがそっとセイリーンの背に手を回した。

「大丈夫だ。約束しただろう。そなたを必ず守ると」

「はい……!! あの旅立ちの日からずっと、あなたは約束を守ってくださいました!」

 セイリーンはしっかりとディアラドの胸に顔をうずめた。


(感謝してもしきれない……)

(助けてくれたことだけじゃない)

(私はいつの間にかこんなにも、心のままに行動できるようになった……)


 セイリーンが泣き止むまで、ディアラドはセイリーンを優しく抱きしめた。

 

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