第50話:大事件の顛末

 ルシフォスが起こした前代未聞ぜんだいみもんの大事件に、ミドルシア王城に激震が走った。

 

「王太子の領地が魔物の大群に襲撃された!?」

「王都のすぐ近くに魔物が現れるとは!!」


 しかも、衝撃はそれだけには留まらなかった。

 ルシフォス本人の証言により、サイラス公爵とセイリーンをを監禁し、なおかつ異国の王を暗殺しようとしたことが明らかになったのだ。


「そ、そんな恐ろしいことを王太子が……!?」

「信じられない……」


 当初はディアラドの話を疑っていた王たちだったが、領地の惨状や報告を裏付ける領民やサイラス公爵たちの証言から、すべて事実だと認めざるを得なかった。


 魔物の襲撃もさることながら、ルシフォスが異国の王の暗殺を企てたことに城内は騒然となった。

 戦争の引き金になりかねない大事件に、国王たちはディアラドに必死に謝意を伝えた。


「ルシフォスのしたことは謝って許されることではありませんが、どうかお慈悲をたまわりたい。王都から遠い僻地へきちの罪人の塔に閉じ込め、反省の色がない場合は処刑します」

「本来なら、ルシフォスは処刑されるべき大罪人だ。だが、ミドルシア国内での出来事であり、こちらに被害はなかった。それに知ってのとおり、私はセイリーン公爵令嬢に求婚している。彼女の祖国と争いたくはない」

 ディアラドの言葉に王たちは安堵した。

寛大かんだいなお言葉に感謝します。慰謝料の件も含め、グレイデン王国に対して今後もできる限りのことをさせていただきます。また、サイラス公爵家、ならびにセイリーン嬢についてもきちんと対応致します」

「承知した」


 ディアラドが寛容に謝罪を受け入れ、無事に王同士の手打ちとなり、ミドルシアの人々はホッと胸をなで下ろした。

 怪我人は多数出たものの、双方に死者が出なかったことも幸いだった。

 ディアラドたちは討伐隊を、一人も殺すことなく制圧していたのだ。


「王太子の近衛兵って弱いんだなー。こりゃ、戦争したら絶対に俺たちが勝つな」

 キースが物騒な発言をし、ディアラドにたしなめられる場面もあった。

 また、ケイトが本館にいた使用人たちを頑丈な扉のある食料庫に手早く集めて、立てこもったことも被害を小さくしていた。

「さすがケイト……!!」

「シュネー・ヘルデのことは知っていましたからね! 堅牢な場所に立てこもれば女王以外は脅威じゃないと考えました。それにディアラド様の近衛兵がすぐに来てくれましたから」

 セイリーンとケイトは抱き合い、互いの無事を確かめ合った。


 ルシフォスは王位継承権を剥奪はくだつされ、王都からは永久追放されることになった。

 今後、恩赦おんしゃによって万一罪人の塔から出ることができても、二度と王都には戻れず、国外へ出ることも許されない。

 一生、見張り付きの隠遁いんとん生活を送ることで話がついた。


 ルシフォスはようやく我に返ったかのように大人しくなっていた。

「なぜ自分がこんな恐ろしいことをしたのか、今では信じられません。死罪にも値する暴虐、一生かけてもつぐなえるものではありません。ですが、生き長らえさせていただけるのであれば、今後は世のため人のため尽くす所存です」

 憑きものが落ちたようなルシフォスの姿に、ディアラドは彼の処刑を望まなかった。

 あまりにも神妙しんみょうすぎるルシフォスの態度に疑念を抱いた者もいたが、これ以上事を荒立てまいと誰も口にはしなかった。


        *


 皆で王城を後にし、サイラス公爵家の客間に戻ると、キースが不機嫌そうにソファに腰掛けた。

「甘くないか? 一度牙を剥いた相手だぞ? しかもセイリーン嬢に執着している」

「再び牙を剥くのなら、今度こそ躊躇ためらわず息の根を止める。だが、仮にもセイリーンの婚約者だった男だ。できれば血を流すのは避けたい」

「ディアラド様……」

 確かに甘い判断だと、セイリーンも感じていた。

 ルシフォスは殺されて当然の仕打ちをしたのだ。

 だが、目の前でルシフォスが殺されたら――おそらくずっと深い傷として心に残ったに違いない。


「俺なら表向きは許した振りをして、刺客しかくを送るけど?」

 キースの眼帯を付けていない灰色の右目が物騒な光を放つ。

 このときようやくセイリーンは、キースが誰よりも怒りを秘めていることに気づいた。

「おまえがやらないなら俺がやる。俺が何のためにおまえの側にいると思ってるんだ」

 セイリーンたちが一言も口を出せないほどの憤怒が、キースの細身の体から立ち上っている。


 今にもルシフォスを殺しにいきそうなキースに、ディアラドが静かに目を向けた。

「それはの道だ、キース。俺は王になるとき、王道を歩むと皆に誓った。俺と共にいるのなら、おまえも王道を歩け」

「……」

「キース、俺はおまえにこれからも側にいてほしいんだ」

 じっとディアラドを見つめていたキースだったが、不承不承というように頷いた。

「ちっ……わかったよ、ディアラド」

 口を尖らせながらも、キースを取り巻く殺気が消えた。

 見守っていたセイリーンたちはホッと胸をなで下ろす。


「お二方にはなんとお礼を言っていいか……」

 オーブリーが妻のシンシアとともに頭を下げる。

「いや、オーブリー殿も災難だったな。無事でよかった」

「ディアラド様……討伐隊に襲われてお怪我はなかったのですか?」

「ああ。この魔獣のマントは矢くらい弾くし、キースもいたしな」

 オーブリーの言葉に、ディアラドがからりと笑った。


「キース様の精霊術、すごかったですね……。助けてくださってありがとうございます」

 セイリーンは改めてキースに感謝を伝えた。

 巨大な女王の動きをがっちりと止めたキースの蔓が、自分の命を救ってくれた。

「あれくらい……別に」

 キースがふいと横を向く。

「照れるな、キース。こいつは精霊術を誉められるとこうなるんだ」


「ディアラド様も……本当に助けてくださってありがとうございました」

「いや……間に合ってよかった」

 ディアラドは微笑んでいたが、さすがに疲労の色が濃い。

 それも無理はない。

 大事件の渦中の人間のため、三日もの間ミドルシア王国に足止めされたのだ。

 その間、何度も詳しく事情を聞かれ、セイリーンたちもすっかり疲れてしまった。


「公爵家には世話になった。明日、俺たちは国に戻る」

 ディアラドの言葉にセイリーンはハッとした。

(そうだ……急に他国に足止めされたのだ。国では皆がディアラド様の帰りを待っているはず……)


「もっと逗留とうりゅうしていただきたいですが、王の身ゆえご多忙でしょう。

落ち着いたら、改めてゆっくりとお話しさせてください」

「お気遣い感謝する。すっかり長居をしてしまった」

 セイリーンは両親と話すディアラドをじっと見つめた。


(ディアラド様は明日、帰ってしまう……!)

(そうなれば、次にお会いできるのはいつになるか……)

 セイリーンはすう、と軽く息を吸った。

「ディアラド様、一緒にウチの庭園を散歩しませんか。お話したいことがあります」

 セイリーンの言葉にディアラドの顔がパッと輝く。

「ああ、ぜひ」

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