第51話:セイリーンの告白


「これは――素晴らしいな」

「でしょう? ウチの庭師は優秀なんです」

 セイリーンが思わず自慢したくなるくらい、綺麗に剪定せんていされた緑の庭園が目の前に広がる。


 迷路のような造形で、壁の代わりに整えられた灌木かんぼくが立ち並ぶ。

「面白いな……こんな庭園は初めて見る。花ではなく、緑だけの庭園もいいものだな」

 ディアラドが興味津々で庭園を歩いていく。

 子どものように素直な驚きを示すディアラドの姿を、セイリーンは好ましく見つめた。

 一緒に過ごした日々は十日に満たない。

 だが、彼と二人きりでいることが自然で、こんなにも落ち着く。


 ルシフォスに婚約破棄されたとき、この世が終わったかのような衝撃に襲われた。

 グレイデン王国で楽しい日々を過ごしたおかげで、歌も歌えるようになった。

(気持ちよかったなあ……)

 花園の東屋でディアラドに歌を歌ったのも、港町で皆と一緒に歌ったのも、すべていい思い出だ。


(これからはいつでも、好きなように歌えるんだ――)

 籠から出された鳥のような気分で、セイリーンは頭上に広がる青空を見上げた。

(そして、好きな人のそばで羽を休めることもできる)

(でも、相手は異国の王――)


 セイリーンはごくりと唾を飲み込んだ。

(言わなくては……)

(死にかけて思い知った)

(自分が生きているのは奇跡なのだと)

(大事な人があっさり自分の前からいなくなる可能性もあるのだと……)

(でも、怖い……)

(嫌われたくない……)


「セイリーン」

 物思いにふけっていたセイリーンは、ディアラドが正面に立っていることに気づいた。

「は、はい。ディアラド様」

「改めて、そなたに結婚を申し込む」

 ディアラドが片膝をつき、布に包まれた青い宝石を差し出した。

「前に俺が話したことを覚えているな?」

「はい。宝石を受け取ったとしても、それは婚姻の了承ではない、ですね」

「そうだ。受け取っても結婚するかしないかはそなたの自由だ。この宝石はそなたのために取ってきたものだ。次に会えるのはいつになるかわからない……受け取ってほしい」


 美しく輝く青い石をセイリーンは見つめた。

魔物との戦いを目にした今、どれだけ困難な思いをして彼がこの宝石を取ってきてくれたのかわかる。

 セイリーンはディアラドの金色の目をまっすぐ見つめた。

(私のために王となった人)

(そして、私の命を救ってくれた人)

 だからこそ、唯々諾々いいだくだくと宝石を受け取る気にはなれなかった。


「……この石を受け取る前に、私がふさわしいか判断してください」

「ふさわしい……?」

 ディアラドが首を傾げる。

(言うんだ! ちゃんと自分の思っていることを伝えなくては!)

 セイリーンは思い切って口を開いた。


「私、やっぱり自信がありません。あなたは私を大事にしてくださる。でも、あなたの見ている私は『優しく気遣いができる公爵令嬢』です。歌で人柄がわかるとおっしゃっていたけれど……。私はまだ、よそいきの顔しか見せていません」

 セイリーンはぐっと手を握った。

(ディアラド様に嫌われたくない)

(がっかりされたくない……)

(でも――)


 セイリーンは勇気を振り絞った。

「実際の私は幼稚でわがままな女です。あなたのそばにいたい。でも、結婚や婚約はまだ怖い。また傷つくのが恐ろしいのです」

 肩で息をし、必死な眼差しを向けるセイリーンに、ディアラドがふっと微笑んだ。

「何度でも言う。俺は急いでいない。時間をかけて、少しずつ――」


 セイリーンは大きく首を振った。

「いいえ!! 私はあなたのそばにいたい!! 他の誰にも取られたくないんです!!」

 ディアラドがあんなに性急に求婚してきた気持ちが今になって痛いほどわかる。


(ディアラド様は異国の王)

(ミドルシアの公爵令嬢とはいえ、本来ならたやすく会える相手ではない!)

(それに――)


 短い滞在だったが、それでもグレイデン王国にはディアラドに思いを寄せる魅力的な女性たちがいた。

 それはセイリーンの心をかき乱すのに充分な存在だった。


「私、めちゃめちゃですよね……。あなたが欲しいのに、でも婚約するのが怖いなんて。自分勝手で支離滅裂で」

 セイリーンは震えながらも、真っ正面からディアラドを見つめた。

「でも、これが私の本音なんです!!」


 ディアラドが息を呑むのがわかった。

 だが、セイリーンは止まれなかった。


「これでおわかりになったでしょう? 私はあなたが思うような、凜とした聡明な人間ではありません。わがままで臆病な女。それが私なんです」

 思いのたけをぶつけたセイリーンを、ディアラドが静かに見つめる。


 数秒の沈黙ののち、ディアラドが口を開いた。

「そうか。では、俺も本音を言わせてもらう」

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