第52話:本音のぶつけ合い

 思い切って本音を吐露とろし、肩で息をするセイリーンの腰に手が当てられた。


「あっ……」

 セイリーンの腰を両手で挟むようにして、ディアラドが一気に高く持ち上げた。

「俺は……このままそなたをグレイデン王国に連れ帰りたい」

「ディアラド様……」

 持ち上げられたまま、セイリーンは驚いてディアラドを見下ろした。


「怖いよな……本当の自分を知られるのは。俺も同じだ。俺のことを知ってほしいし、興味を持ってほしい。なのに、怖がられるのではないか、嫌われるのではないかと怯えてしまう」


 ディアラドがふっと息を吐いた。


「俺は王だから民に対して責任がある。でも素直な気持ちを言うのなら、すべての責務を放り出してそなたといたい。そなたが嫌だと言っても絶対に離さない。奪い返そうとする者がいれば、全員返り討ちにしてやる。そんな凶暴な獣を胸のうちに飼っている……。それが俺だ」


 ディアラドの金色の目が獰猛どうもうな光を帯びる。

 初めて見るディアラドの表情に、セイリーンは息を呑んだ。


「ディアラド様……」

 ディアラドが苦笑する。

「俺はルシフォスのことをとやかく言えない。あいつはどんな手を使ってでも、そなたを取り返したいと願った。愚かだが、気持ちはわかる」


 ディアラドがセイリーンを見据える。


「そなたが嫌だと泣き叫んでも、自分のものにしたい。誰にも渡したくない。

邪魔する者は殺してやる。これが俺の本音だ、セイリーン」


 ディアラドは一瞬たりともセイリーンから視線を外さない。

 どんな微細な反応も見逃すまいとしている。


「俺が恐ろしいか」

「いいえ」

セイリーンは即答した。

 同じようなことをルシフォスに言われたが、その時とはまるで違う感情がわき上がっていた。


「下ろしてください」

 そう言うと、ディアラドがあっさりと地面に下ろしてくれる。

 セイリーンは微笑んでディアラドを見上げた。

「あなたは自分の欲望よりも、私の願いを優先してくれる方です。これまでずっと私の意志を尊重し、受け入れ、大事にしてくださいました」


「そんなに安心しきっていいのか。俺は大人しい忠犬のように見えるのかもしれないが……。隙あらば食い殺そうとしている狼かもしれんぞ」

 ディアラドが試すように見つめてくる。

 その顔に笑みは浮かんでいない。


「いいえ。あなたは私を傷つけない」

 きっぱりと言い切るセイリーンに、ディアラドが手を伸ばしてきた。

「……っ!!」

 セイリーンの細い首を、ディアラドの大きな手ががっちりと包む。

「そなたの細首、俺なら片手でへし折れる。そんな人間を前にして、なぜ怖くないと言える? なぜそんなに俺のことが信用できる?」


 ディアラドの疑問に、セイリーンは思わず笑ってしまった。

「な、なぜ笑う?」

 愕然とするディアラドに、セイリーンは微笑みかけた。


「それは私も聞きたいです。なぜそんなに私のことを信用できるのですか? 私が弱い女だからですか?」

「どういう意味だ……?」

「私は……あなたを花園の東屋あずまやで殺すことができました」

「えっ……?」

 ディアラドが虚を突かれたように口を開けた。


「私の歌にあなたはすっかり寝入ってしまっていました。眠っているあなたに、私が触れたことに気づきましたか?」

「触れた? 俺に……?」

「えっ、ええ、はい。勝手にすいません……」

 セイリーンはその時のことを思い出し、顔を赤らめた。


「触れたとは……どこに……?」

「ええっと、髪とかまつ毛とか……です!」

「そ、そうなのか。まったく気づかなかった……」

 赤面するセイリーンにつられたのか、ディアラドも顔を赤らめる。

「あの時のあなたなら、非力な私でもナイフ一つで喉を掻き切れました!」


 仰向けに寝そべり、くうくうと健やかな寝息を立てていたディアラドの姿が浮かぶ。


「あなたは王なのに! あれほど民に敬愛されている、唯一無二の存在なのに無防備すぎます! ずっと想ってくださっていたのかもしれませんが、私は他国の人間ですよ? あなたこそ、私を信じすぎです!」

 セイリーンのほとばしるような叫びに、ディアラドが気圧けおされたように唾を飲んだ。


「でも……そなたは俺を傷つけなかった」

「そうですが……」

「おそらく殺意や害意があれば、俺は目を覚ましたと思う!」

 きっぱりと言い切るディアラドに、セイリーンは首を傾げてみせた。

「熟睡されていたようにお見受けしましたが……。本当に気づきました?」

「えっ、いや、たぶん……気づいたはず……」

少し悩んでしまったディアラドが、誤魔化すように咳払いした。

「とにかく! 俺は信頼に値する人間の前で寝ていた、ということだ。特に問題はない」

「ですが!」

「落ち着け、セイリーン。そなたの言いたいことはわかる。俺が一方的な思い込みで聖女のごとき偶像を作り上げ、愛しているのではと言いたいのだな?」

「そうです! やっぱり納得いきません! 歌を聴いただけで、人となりがわかるなんて!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る