第53話:ディアラドの隠し事

 激しく疑問をぶつけてくるセイリーンを、ディアラドは正面から受け止めた。


「セイリーン、俺は様々な部族が存在する大国の王だ。俺に対する距離感も関係性も様々だ。もちろん、敵視する者や警戒する者にもたくさん出会った」

「……」

「少ない時間で相手を見極めねばならない事態も多々あった。それで感覚が磨かれたと思う」

「人を見る目がある、ということですか?」


 セイリーンの言葉にディアラドが頷く。

「俺なりのな。数多あまたの人間たちと交流して、わかったことがある。人の本性というのは、何かしらの発露はつろがある」

「発露……」

「どんなに隠していても、その目に、話す言葉に、行動に――何かしらにじみ出るのだ。その人間の本性が。完璧に隠し通そうとする者もいたが、隠そうとすること事態が違和感を呼ぶ。いびつさを感じるのだ。表情と内心の感情が一致していない気がする、とな」

「……」

 ディアラドには確かに自分にはない観察眼があるのかもしれない。


(私は公爵令嬢として大事にぬくぬくと育てられ、出会う人間も限られていた)

(命のやり取りや国の命運をかけるような、シビアな対話を経験したことがない自分にはわからない感覚だ)

(だから、あんなに有名だったルシフォス様の浮気にもまったく気づけなかった……)


 今思えば、ルシフォスの心が自分から離れていっているサインがたくさんあった。

 だが、見ないようにしていた。

(でも、王ならば厳しくても現実を受け止める必要がある……)


「そなたの歌を聴いて、俺以外の者たちも気持ち良さそうだった。花園では俺だけではなく、キースも寝てしまったと言っていた。港町では伸び伸びと歌うそなたに同調するように、皆高揚していた。そなたの素直な心根があるからこそ、人の心を動かすのではないか?」

「……わかりません。私は好きなように歌っただけで……」

「そなたと一週間ほど寝食を共にしたが、俺の第一印象が間違っていないと感じることばかりだった。ただ、思っていた以上に生真面目きまじめで自分に厳しいのだな、そなたは」

 ディアラドが包みこむようにセイリーンを見つめる。


「自分が受け取ったら、相手に何か返さなくてはいけない。過剰と思われる評価は、正さなくてはならない。そんな風に自分をいましめている気がする。もっとおおらかに受け止め、適当に振る舞ってもいいと思うが……。それができないのが、そなたなのだな」

「……」

「まだ納得いっていない様子だな。だが、俺は人を見る目には自信があるんだ。たとえば、キース」

「キースさん……?」

 若草色の髪、灰色の目、黒い眼帯をしたキースの姿が浮かんだ。

 彼ともずっと一緒に過ごした。


「俺が一番信を置いている友人はキースだ。他にも信頼している友人や臣下はたくさんいる。だが、どこか危険な場所に行くとき、誰か一人を選ぶなら絶対にあいつだ」

 ディアラドの声はキースへの深い信頼感で満ちていた。


(そして、キースさんもディアラド様をとても大事に思っている……)

 最初に会ったときからずっと、キースはディアラドの一挙手一投足に目を向けて口を出していた。

 そして、暗殺されかけた時も、自分ではなくディアラドの命がおびやかされたことに腹を立てていた。


 ルシフォスを殺すと言い切ったキースは本気だった。

 すべてはディアラドの身を案じてのことだ。


「だが、俺がキースを側に置くと言ったとき父以外の人間は、程度の差こそあれ難色を示した。なぜなら、あいつは故郷では問題行動ばかり起こす、手の付けられない悪童だったからだ」

「悪童……」

 キースは確かに自由な振る舞いをするタイプだ。

 だが、人を傷つけたりするような人間には見えなかった。


 ディアラドを気軽に叩いたり蹴ったりしていたが、あれはむしろ愛情表現や親しみの一環に見えた。

(キースさんがディアラド様以外の人に手を上げたことは一度もなかった……)

(そもそも、彼が気軽に触れるのはディアラド様にだけだった……)


「キースは術師として、とてつもない才能を持って生まれた。だから、部族のおさですらキースを止められなかった。キースは持って生まれた力を面白がり、更なる力を欲し、挙げ句に大惨事を招いたんだ。見かねた部族の人間は相討ち覚悟でキースを抹殺しようとした。それで俺が説得して、あいつを連れ出したんだ」


――いろいろあって連れ出した。


 ディアラドが言っていた『いろいろ』の内容は、想像以上に凄まじいものだったようだ。


「キースさんがそんな……」

「意外か? 今でこそだいぶ丸くなったが、昔のあいつは抜き身の剣のようだった。

自分の力を持て余し、おきてでがんじがらめになるのを嫌がって暴れてばかりいた」


 自分の知っているキースは、いつも朗らかで気さくに話してくれた。

 恐ろしい人には見えなかった。

 だが、一つ気になっていたのが、眼帯だ。

 最初は怪我か何かと思っていたが、キースはまるで体の一部のように眼帯を外す素振りを一切見せなかった。


「キースさんの眼帯は……」

「ああ、目を怪我をしているわけではない。あいつは力を得るためなら、手段を選ばない。自分の体などかえりみない」


 ディアラドは詳しく語らなかった。

 だが、何らかの力を得るために己の目を使ったようだった。


「キースが怖くなったか……?」

 セイリーンは少し考えた。

 キースは自分やケイトに対し、さっくばらんに接してきた。

 だが、自分たちを見下したり傷つけるような言動はなかった。

 それに家族以外の男性がそばにいる時は緊張するものだが、キースにはそれがなかった。

 異国のよく知らない男性だというのに、あまり意識せずにそばにいて自分から話しかけたりもした。

 今、キースの過去の話を聞いても、忌避する感情は湧いてこない。


「いいえ……怖くありません」

 ディアラドが微笑んだ。

「そうだな。俺もだ。出会った頃のキースはめちゃめちゃな行動を取る人間で、しかも俺を殺せる力を持っていた。なのに、俺はキースが怖くなかった。あいつは優しいんだ。精霊術にもそれが現れている」

「術に……?」

「シュネー・ヘルデの女王を倒すのに、あいつの精霊術を使っただろう?」

「ええ、あの捕縛する蔓ですね」

「そうだ。もし俺が精霊術を使えたのなら、あのとき発現したのはとげのついたいばらの蔓だろう」

「茨の蔓……」

「より相手にダメージを与え、逃がさないようにがっちりと捕縛するならば、鋭い棘のある茨の方がいい」

 ディアラドが酷薄こくはくな笑みを浮かべる。


斯様かように、術にも人間性が出てしまう。過去の出来事のため、キースを危険視する人間は多い。だが、実際は俺のほうが恐ろしい人間だと思う。これまでは運良く制御できてきただけだ」

 ディアラドが試すように見つめてくる。


「逆に問うが、そなたは本当に俺のそばにいたいのか?」

「え……」

 思いがけない問いに、セイリーンは混乱してディアラドを見上げた。


「そなたは先程、俺の問いを笑い飛ばしたが……。俺がその気になれば、そなたを自由にできるのだぞ。腕力でも、地位の力でも。おぞましいが簡単なことだ」

「……っ」


 腕力は考えるまでもない。

 そして王としての地位を利用するのもたやすい。

 ルシフォスの事件の慰謝料の一部としてディアラドがセイリーンを望めば、国王命令でセイリーンの身柄は簡単に引き渡されるだろう。


 ルシフォスの事件を早期にかつ安全に幕引きするためならば、王も国の重鎮たちも迷うことなくセイリーンを差し出すに違いない。

 戦争になる危険性をかんがみれば、公爵といえども父の反対など簡単に握りつぶされる。


(その気になれば、力ずくで私をどのようにもできるのだ。ディアラド様は……)

 言葉もないセイリーンの姿に、ディアラドが哀しげに顔を歪める。


「そなたに出会ってから5年間、俺は何度も何度も考えた。王太子の婚約者であるそなたに近づくことすらできないのであれば、いっそさらってしまおうかと――。こんな恐ろしい男のそばにいたいと本当に思うのか……?」


 ディアラドがセイリーンから顔をそむけ、ぎゅっと拳を握りしめる。

「つうっ……!」

 ディアラドが突如腹部をおさえ、苦痛をこらえるように腰を折った。


「ディアラド様!? どうなさったのです?」

 隠しきれないと悟ったのか、ディアラドが苦い笑みを浮かべた。


「討伐隊と戦った時に……腹を斬られた」

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