第48話:血戦

 父とケイトがいる本館にも魔物が押し寄せたと聞き、セイリーンはルシフォスに詰め寄った。


「ルシフォス様! 本館の父とケイトはどうなっているのです! 無事なのですか!?」

「知るか、そんなこと! いきなり魔物に襲われて、それどころではない!!」


 血相を変えて叫ぶルシフォスに、セイリーンはたじろいだ。

 ルシフォスの目は不安げに泳いでおり、呼吸は荒く浅い。

(ダメだ、パニックになっている……)

(とにかく、事情を確認して対処しないと!)


 小屋で監禁されていたので、なぜこんな状況におちいったのかまったくわからない。

 シュネー・ヘルデはまず斥候を送るという段階を経て行動するはずだ。

 いきなり全隊で襲ってくるとは考えづらい。


「ルシフォス様、あの巨大な獣はシュネー・ヘルデの女王です! シュネー・ヘルデは群れで行動しますが、いきなり女王が現れることはありません! まず斥候せっこうが来たのではありませんか?」

「斥候……?」

 セイリーンの言葉にルシフォスが怪訝けげんそうな表情になる。

「小型で、尾の先が黒い個体です。斥候を放っておくと本隊を呼び、最後に女王が来ます」

「尾が黒い……? あああああ!!」

 ルシフォスが髪をかきむしる。


「あいつら、変な音を立てていた! あれは本隊を呼ぶ合図だったのか!?」

「シュネー・ヘルデの斥候が領地いるのですか?」

 セイリーンが驚いて尋ねると、ルシフォスが頷いた。

「ああ、別館に三匹いる。研究用に生け捕りにしたんだ!」

「何てことを……!」

 魔物は人が集まっている所には基本的に来ないと聞く。

 だが、斥候が助けを求めたのかもしれない。


「くそっ!」

「兵たちが応戦していますが、数が多すぎます! 大型の魔物に至っては、矢も剣も通じません!!」

 小窓から外を覗いた見張りの兵士が悲痛な声を上げる。


「女王を倒すには対魔物用の武器、もしくは魔術か精霊術を扱える術師が必要です! 

何とかしないと犠牲者が出ます!」

 ここはルシフォスの領地だ。

 何か戦う手段を持っているならばと尋ねたセイリーンだったが――。


「そなた、魔物に詳しいな……。グレイデン王国で色々学んできたのか」

 ルシフォスのくらい瞳に、セイリーンはぞっとした。

「そんなことより、このままでは全滅してしまいます!」

 本館に囚われている父とケイトが心配でならない。

 そして闇討ちを食らったディアラドたちは無事なのだろうか。


「わかっている! だからこれを持ってきたのだ!」

 ルシフォスが自慢げに取り出したのは、ディアラドの王剣だった。

「この剣があれば魔物を倒せるのだろう!?」

  ルシフォスが剣のつかをぐっと握った。

 だが、ルシフォスを嘲笑うかのように、剣は鞘から抜けない。


「なんだ、この剣は!!」

「それはディアラド様しか使えません!」

 王剣を預ける際にディアラドは言っていた。

 ――この剣は魔剣でもある。ゆえにあるじを選ぶ。

 ――狼藉者がいくら使おうとしても、鞘から剣を抜くことはできぬ。

(本当にその通りだった……)


「なんだと!? どういうことだ!?」

 ルシフォスが叫んだ瞬間、石造りの小屋が揺れた。

「なんだ、何が起こっている!!」

「女王です!! 小屋に体当たりをしています!!」

 兵士が転がるようにして椅子から落ちてきた。

 パラパラと石の破片が落ちてくる。

 そして――小屋の壁が一気に崩れ落ちた。


 ぬっと女王が真っ白な顔を出す。

 女王の爛々と輝く深紅の瞳は、獲物を見つけた喜びと残虐さに満ちて輝いている。

「ルシフォス様、お逃げください!」

 護衛の兵士が剣を抜くと、勇敢にも自分より遙かに大きい女王に斬りかかった。

 正確に首を狙ったが、ガキッと音がして剣が弾かれる。


「……っ!!」

(剣が毛皮を通さない!)

 セイリーンは息を呑んだ。

 はやり通常の武器では全く歯が立たない。


「ぎゃっ!!」

 女王の腕の一撃で兵士の体が吹っ飛んだ。

 女王がじりっとルシフォスとセイリーンの方へと歩みを進める。

「うわああああああ!! 来るな!!」

 ルシフォスが絶叫し、あろうことかセイリーンを女王の前に突き飛ばした。

「あっ……」

 背後から不意打ちをくらったセイリーンは、よろけて床に倒れた。

 慌てて顔を上げると、眼前にいるシュネー・ヘルデの女王と目が合う。


「……っ!!」

 女王の荒い呼吸が顔にかかり、生臭い匂いがした。

(血の匂いだ……)

 がっと開いた赤い口腔には、鋭い牙がずらりと並ぶ。

 一瞬でセイリーンは死を覚悟した。


(ああ、最後に一目――お会いしたかった)

 脳裏に浮かんだのは金色の目を輝かせたディアラドの姿だった。


「セイリーン!!」

「えっ……」

 絶体絶命のセイリーンの耳に届いたのは、まぎれもなくディアラドの声だった。


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