第47話:女王到来
見張りの兵士が壁にもたれ、すうすうと安らかな寝息を立てている。
(よかった……眠ってくれた……)
小屋に監禁されたセイリーンは、そっと口を閉じた。
必死で眠りを誘うよう歌った甲斐があった。
兵士はよくセイリーンの護衛についていたため、『反抗しない大人しい令嬢』だと油断していたのと、何より疲労と睡眠不足が重なったせいだろう。
(早くここを出なくては!)
(鍵はどこにあるんだろう?)
兵士のポケットを探ろうとしたとき、外から悲鳴のようなものが聞こえた。
(何……?)
立て続けに物が倒れるような音や激しい足音が響く。
セイリーンは採光用の小窓に向かうと、椅子の上に乗って外を覗いた。
「……っ!」
逃げ惑う人たちの周囲を、小さな白い獣が飛び交っている。
兎に似た、尻尾の長いその姿は見覚えがあった。
「シュネー・ヘルデ!!」
人間よりも圧倒的にシュネー・ヘルデの数が多い。
数え切れないほどの白い魔物の姿に、セイリーンは呆然とした。
「わあああ!! 来るな!!」
「助けて!!」
突如現れた見慣れぬ獣に、人々がパニックに
槍や剣を振るう者もいたが、簡単にかわされ飛びつかれては悲鳴を上げている。
武器を持たない使用人たちは、なすすべもなく逃げ惑っている。
「ぎゃあああああ!!」
耳を
真っ白い体毛、爛々と光る赤い目、長い尻尾――顔は兎というより鼠に似ており、
「な、何あれ……」
セイリーンは人間よりはるかに大きいシュネー・ヘルデの姿に息を呑んだ。
巨大な獣の手の一振りで、屈強な兵士が吹っ飛んでいく。
猪の突進並みの威力だ。
(あんな獣は聞いたことも見たこともない……)
動きは鈍重だが、巨大な体から繰り出される攻撃力が恐ろしい。
牙がずらりと並ぶ大きな口は、馬ですら噛み殺せそうだ。
(確か、尻尾の先が黒いのが斥候で、その後に続く真っ白な大群が本隊、そして女王がやってくる、と言っていた……)
今、領民たちを襲っているシュネー・ヘルデの群れは尻尾が真っ白だ。
そして、一体だけ
(女王と本隊だ!! 間違いない!)
セイリーンはぶるっと身震いをした。
(てっきり、ディアラド様を誘い出すための嘘だと思っていたのに! 本当にミドルシア王国に魔物が出現していたなんて!)
恐ろしい想像が現実となった。
初めて経験する魔物の襲撃に、ミドルシアの人々は無力だった。
このままでは全員殺されてしまうだろう。
(どうすればいいの……)
(大量の魔物に、あの巨大な女王……)
考え
(ディアラド様!! 彼ならきっと倒してくれる!)
(でも、ディアラド様は今頃、暗殺部隊の
ルシフォスの
(ディアラド様……)
討伐隊を
漆黒の毛皮のマントを
(いいえ……ディアラド様は魔獣のマントを羽織ってらした! あの毛皮はとても防御に
ディアラドの戦いぶりは見たことがない。
だが、圧倒的な狩りの腕は目の前で見せてもらった。
(大量のシュネー・ヘルデをあっという間に弓で制圧していた……)
(豹にいたっては槍の一撃で……)
(そうよ、魔獣を倒す武勇をお持ちのディアラド様が、やすやすと殺されるはずがない!)
(それに――)
セイリーンは別れ際のディアラドの言葉を思い出した。
――セイリーン、心配するな! すぐに戻る!
力強い声が脳裏に
(あの方が、私との約束を
セイリーンが祈るように手を合わせたとき、小屋のドアが乱暴に開いた。
小屋に飛び込んできたのは、ルシフォスだった。
「ルシフォス殿下!?」
「はあっ、はあっ、くそっ!」
ルシフォスは金髪を振り乱し、その顔は真っ青だった。
「……っ!!」
セイリーンはルシフォスの手にディアラドの王剣が握られていることに気づいた。
激しい物音に、寝ていた兵士が飛び起きる。
「ルシフォス様! いかがなされました!?」
「扉を閉めろ!」
取り乱したルシフォスの命令に、兵士が慌てて扉を閉める。
ようやく安堵したのか、ルシフォスが大きく息を吐いた。
「何があったのですか!? なぜシュネー・ヘルデの大群がここに!?」
セイリーンの問いに、ルシフォスが顔を歪めた。
「わからぬ! 本館にも大量に入ってきた!」
ルシフォスの言葉にセイリーンは愕然とした。
「本館にシュネー・ヘルデが!?」
(お父様、ケイト……!!)
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