第6話:衝撃の事実

「大丈夫ですか、セイリーン様」

「え、ええ。ケイト、平気よ」


 翌日――セイリーンはケイトを連れて王城へと来ていた。

 皆、家で休むように言ってくれたが、今日は受けたい地政学の講義がある。


(それに、落ち込んでいる父と寝込んでしまった母に、これ以上心労をかけたくない)


 何事もなかったように振る舞おうと決意したセイリーンだったが、目覚めは最悪の気分で、朝食はほとんど手をつけられなかった。


 そして、セイリーンがいつも通りにしていたくとも、周囲がそれを許さなかった。

 ちらちらと注がれる視線やひそひそ話が、雑音となってセイリーンの心をかき乱した。

 予想はしていたものの、腫れ物を触るような周囲の態度は堪える。


(少しでも気を抜くと、昨日のことを思い出してしまう……)


 中庭の回廊にさしかかったときだった。

 目の端に黒いものが飛び込み、セイリーンはハッとした。


(ディアラド様!?)

 だが、よく見るとそれは黒いマントをつけた近衛兵だった。


(……突然の求婚、差し出された貴重な青い宝石……)

 次々と起こる予想外の出来事に驚いたけれど、一瞬気が紛れたのも事実だ。


(他国の王に押しかけられ、父は生きた心地がしなかっただろうけど……)

一心に自分を見つめるディアラドの金色の目は熱っぽく潤み、宝石のように美しかった。

(でも、私は受け取れなかった……)


「どうしたんですか、セイリーン様」

「いいえ、なんでもないわ、ケイト」

 物思いにふけっていたセイリーンは慌てて笑顔を作った。


「……ディアラド様のことですか?」

「えっ、なんでわかるの?」


 ケイトがふっと微笑んだ。


「少し楽しそうな表情になったので」

「ええっ」


 思わぬ指摘にセイリーンは顔を赤らめた。

 そんなセイリーンをケイトが微笑ましそうに見つめる。


「また来る、っておっしゃられていましたよね。貴重な宝石まで持ってきて――。ほんと、セイリーン様に夢中なんですねえ」

「……そんなこと」


「あれほど真摯に求婚する男性を初めてみました。洗練されていないですけど……結構ぐっと来ますね。情熱的で」

「そうね……」


 彼のまっすぐな好意が嬉しかったのは確かだ。


「セイリーン!」

 幼馴染みのマリッサとカティアが廊下を駆けてきた。


 栗色の髪のマリッサは伯爵家、黒髪のカティアは男爵家の令嬢で、子どもの頃から家族ぐるみの付き合いをしている。


「大丈夫?」

「ほんと、ひどい目に遭ったね」


 マリッサとカティアが交互に抱きしめてくれる。


 心の底から気遣ってくれる二人にセイリーンは胸が熱くなった。


「今日くらい休んだらいいのに!」

「でも地政学の講義があるし……」

「もう、真面目なんだから!」


 カティアがぎゅっと抱きしめてくる。


「ねえ、私の家で今バラが綺麗に咲いているの。

また庭でガーデンパーティーをやりましょう!」


 マリッサの誘いにカティアが笑顔になった。


「いいわね! 久々にセイリーンの歌も聴きたいわ。

滅多に聞けなくなってしまったから……」

「え、ええ……」


 ルシフォスに禁じられたからというものの、セイリーンは生真面目にルシフォスの許可なく人前で歌わないという約束を守っていた。


「セイリーンの歌は本当に素晴らしいもの」

「昨日の祝福の歌だって……あっ」


 失言に気づいたカティアが口を手で押さえる。


「ごめんなさい……」

「いいの、歌を誉めてもらって嬉しいわ」


 セイリーンは泣きたくなるのを必死で堪えた。

 友人たちの気遣いや励ましの言葉さえ、今の自分には棘のように感じてしまう。


「あっ……ダリアリア嬢よ!」

 マリッサが声を上げた。


 廊下を颯爽と歩いてきたのは、見事な赤い髪をしたダリアリア・モルゲン侯爵令嬢だった。

 華やかで『赤いバラのよう』と言われる美貌を誇る令嬢だ。


「珍しい……あの方がいらっしゃるなんて……」

 マリッサがほうっと感嘆のため息をつく。


 たった2歳上とは思えない、凜とした振る舞いと艶っぽさがある大人の美女だ。

 赤い髪を揺らせたダリアリアが、セイリーンと目が合うと優雅に微笑んだ。


「ごきげんよう、セイリーン様」

「ダリアリア嬢、お久しぶりです」

「ふふ……船が遅れてしまって。今朝、王都に着いたばかりなんです」


 どうやらダリアリアは昨日のパーティーを欠席したようだ。

 それでも婚約破棄のことは知っているだろうが、ダリアリアは特に態度を変えることなく自然に振る舞ってくれる。


(さすが……20歳にして侯爵の片腕と言われるわけだわ)


 ダリアリアはモルゲン侯爵の自慢の長女だ。

 モルゲン侯爵家は貿易商として成り上がった貴族で、陸のみならず、川を使った水運業にも手を広げ、一気に資産と影響力を伸ばした。


 ダリアリアは優秀で行動力があり、父である侯爵と共に幼い頃から大陸中を駆け巡っていると聞く。


「今回はどちらへ?」

 マリッサが興味津々に尋ねる。

「南部へ視察に……。しばらくは王都に滞在する予定だけれど、また行くことになると思うわ」

「今度は南部でお仕事なんですか?」

「ええ。大仕事になる予定なの」


 マリッサとカティアが目を輝かせてダリアリアの旅の話を聞いている。

(ダリアリア嬢と話せる機会なんて滅多にないものね……)


 ダリアリアは多忙のため、王都にいても登城することはほとんどない。

 重要な公式業務や外交パーティーなど、年に数回顔を出す程度だ。

 そのため、セイリーンも軽く挨拶を交わしたことくらいしかない。


「では、私はこれで。皆様とお話しできて楽しかったわ」


 軽やかに一礼し、ダリアリアが遠ざかっていく。

 そのときセイリーンは、周囲の空気がざわり、と変わったのを肌で感じ取った。

(……?)

 ダリアリアの姿が城内消えた途端、セイリーンは様子を窺っていた貴族の令嬢たちに囲まれた。

「大丈夫ですか、セイリーン様?」

「え?」

 事情がわからず、セイリーンとカティアたちは一様に心配げな表情を浮かべる令嬢たちを見つめた。


「何か嫌なことを言われませんでした?」

「ほんと、昨日の今日でよく顔を出せますわね!」

「さすが成り上がりの貴族! 図々しい!」


 貴族の令嬢たちが、口々にダリアリアをののしり出す。


「どんな手練手管てれんてくだで王太子を落としたのかしら!」

「ほんと、はしたない! 婚約者のいる方を横取りするなんて」

「さしずめ泥棒猫、といったところですわね!」


「横取り……?」

 息巻いていた令嬢たちがハッとしたようにセイリーンを見つめた。


「あの……もしかしてセイリーン嬢はご存知なかったのですか?」

「昨日の婚約破棄はダリアリア嬢のせいなのですよ!」

「王太子をそそのかし、ご自分が王妃になるため、裏から手を回したんです!」


「そ、そんな……」

 いきなり殴られたかのような衝撃がセイリーンを襲った。

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