第5話:思いがけない誘い

「宝石が素晴らしすぎて……逆にこんな貴重なもの、いただけないです!」


「は……? いや、これはおまえのために持ってきたものだ。素晴らしいのにダメなのか?」

 まったく理解できていないというように、ディアラドがぽかんと見つめてくる。


「なるほど」

 キースがポンと手を叩いた。


「こんな文化も常識も違うよくわからない辺境の国の王から、希少で高価な贈り物を安易に受け取って、求婚を承諾したと思われては困る、ということですね」

「……っ」

 キースの解釈や言い方はキツいが、その通りだった。


 相手は若いといえど大国の王。

 対応を間違えれば、重大な国際問題を引き起こす可能性がある。


「これはそなたへの贈り物だ! 婚姻を無理強いするものではない!」

 いきなり立ち上がったディアラドのよく響く声に、セイリーンは恐れおののいた。


「も、申し訳ございません……」

(王の尊厳を傷つけてしまっただろうか……)


 父とケイトが息を呑んでディアラドを見つめる。


 思わず体をすくませたセイリーンだったが、ディアラドは肩を落としただけだった。

 ディアラドの金色の目が悲しげに揺れる。


「ただ、俺は――そなたに喜んでほしくて持ってきただけだ……」

 ディアラドががっくりと力なくうなだれる。


 最強と呼ばれる辺境の王――。

 魔獣の毛皮をまとった王が、今は幼子のように見えた。


「ごめんなさい……傷つけるつもりはなかったんです……」

 セイリーンはそっとうなだれるディアラドの頭――正確には魔獣の毛皮の上に手を置いた。


「あなたのお気持ちは嬉しいです。

でも、今は男性からの贈り物を受け取れる心の余裕がないんです……」


「ほら、だから言ったじゃないですか! 焦りすぎだって! 

婚約解消したばっかりで、いきなり求婚されても困るって!」

 しょんぼりしたディアラドに、キースが容赦なく追い打ちをかける。

 臣下というより気の置けない友人のようだ。ディアラドもキースの態度をとがめる素振りは一切見せない。

 ミドルシア王国とはまるで違う王と臣下の関係に、セイリーンたちは密かに驚いていた。


「そもそも、文化が違うんですよ! ミドルシアではたぶん、宝石を受け取ったら求婚を受け入れる、って意味になるんじゃないですか?」

 キースの言葉にセイリーンは頷いた。

「ミドルシアでは指輪が男性から贈られて、受け取るのが承諾の証です……」


「ほらあ! ウチの国とは違うんですよ! すいません、ウチの国ではまず贈り物をして、その後女性が返事をするんですよ。もちろん、贈り物を受け取っても断っても構いません」

「えっ、いいんですか!?」

「ええ。贈り物はあくまで男性からの誠意と誓いの証なので。選択権は女性にあります」

「そ、そうなんですね……」


 だから、無理強いするつもりはない、と言ったのか。

 セイリーンたちは顔を見合わせてホッと胸をなで下ろした。


「だから、気に入ったんなら受け取っても大丈夫ですよ。その宝石。取るのにめっちゃ苦労しましたからね。何匹魔物を倒したんだっつー。ったく、付き合う俺の身にもなってくれっつー」


 取りつくろうのが面倒になってきたのか、だんだんキースの態度が砕けてきた。

 ディアラドは大人しく言われるがままだ。


(私に贈る石を採るために、そんな危険な場所に行ってくれたんだ……)

 丁寧に美しい布に包まれていた石。これは自分のためだけの石なのだ。


「贈り物……本当に嬉しかったですよ」

 セイリーンの言葉に、ディアラドがハッと顔を上げた。

「お気持ちはとてもありがたく思っております」


 ルシフォスのむごいやりように、セイリーンは自尊心を傷つけられ自信を失っていた。

 自分は女性としての魅力がないのでは、と。


「でも――今は本当に贈り物を受け取る心の余裕がないのです。いろいろあって疲れてしまって……」

「なら、ウチに来て静養しないか!?」

「え?」

 セイリーンは思いがけない誘いにたじろいだ。


「ここは人が多くて心を癒やすには適していない。人が少なく、美しい景色が見られる所がいいのではないか? グレイデン王国には静養に適した場所がたくさんある! な、キース!」


 意気揚々と振り返ったディアラドに、キースがうんざりした表情になる。


「いや、だからその直情的なところ、どうにかしてくださいよ……。セイリーン様は遠回しに、『一人になりたい』っておっしゃってるんですよ」

「ウチの国なら一人になれる場所がたくさんあるぞ?」

「いや、だから――」


 ため息をついたキースに代わり、オーブリーが口を開いた。

「申し訳ないが、大事な娘をよく知らない国に行かせるのは不安だ。

魔物も出ると聞くし――」

 オーブリーはすんでのところで、『グレイデン人は猛々しく好戦的だと聞くし』という言葉を飲み込んだ。


「大丈夫だ、俺がセイリーンを守る」

 全く引かないディアラドに、オーブリーは困惑の表情を浮かべた。

「守ると言っても……。娘を一人で遠い異国へやるのは不安だと言っているのです」


「なるほど! ならば公爵夫妻も一緒に来ればいい!」

 ディアラドが名案を思いついたとばかりに得意げに言った。

「娘のそばにいれば安心であろう?」

「えっ、あっ、いや、それはそうですが……」

 にっこりと邪気のない笑顔を向けるディアラドに、オーブリーはしどろもどろになった。


 王宮での駆け引きや陰謀に慣れていたオーブリーには、信じられないほど純粋無垢な言動だった。

 裏がないぶん、遠回しな言葉は相手に届かないとオーブリーは気づいた。


「いや、あの、私たちは公爵としての仕事がありますし、それに辺境の国をよく知りませんし……その……困るというか……」


 若いとはいえ、相手は他国の王だ。

 オーブリーはこの場をどう凌ぐか必死で頭を巡らせた。

 だが、空気を読んだキースが場を収めた。


「王! 強引すぎです! 一旦、引いてください。サイラス公爵夫妻、セイリーン様、本当に大変なときに急にお邪魔してしまって申し訳ありませんでした! 私どもはすぐ立ち去りますので!」


「まだセイリーンに宝石を渡していない――」

 抗議しかけたディアラドに、キースがたたみかける。

「だから、受け取れないって言われたでしょ! ほら、行きますよ!」

 キースが引きずるようにして、ディアラドを連れていく。


「セイリーン! また来る!」

 切ない声を残し、嵐のように魔獣王は去っていった。

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