第2部

第56話:婚約したふたり

 庭園で婚約を決めたセイリーンとディアラドは、そろってサイラス公爵やキースたちにそのむねを報告した。


「そうか……。おめでとう二人とも」

 父であるオーブリーと母シンシアは急な決定に少し驚いたものの、すぐに喜び祝いの言葉を口にした。


「よかったな、ディアラド!」

 キースがディアラドを抱きしめる。

「ありがとう。キース」

「てことは、宝石を受け取ってもらえたのか?」

「ああ」

「そうかー。あー、ようやく苦労が報われた!

全然受け取ってもらえなかったからなあ!」


 ケイトがそっとセイリーンの手に取った。

「お嬢様、婚約おめでとうございます……」

「ありがとう。ケイトには心配かけたね……」


「そうと決まれば、今夜の豪勢な夕食会に――!」

 言いかけたオーブリーがハッとした。


「私どもには大変喜ばしい報告ですが、公式発表やお披露目はどうなさいますか? グレイデン王国では、王の婚約発表はどのようになさるのですか?」


「セイリーンの紹介を兼ねて祝いの場を設けようとは思っているが……。むしろミドルシアの方はどうなのだ?」


 全員の頭をよぎったのは、もちろんルシフォスの事件だ。

 王太子の暗殺計画ならびに魔物出現などで、国中に不安が満ちている。

 とうぶん、国王たちはその対応に追われるだろう。


「お恐れながら、このタイミングで婚約を大々的に発表するのは控えた方がいいかと。とても祝う雰囲気ではありませんし……」


 オーブリーの言葉にディアラドも頷く。

「そうだな。しかもグレイデン王国の王とミドルシア王国の公爵令嬢の婚約とあっては色々勘ぐられそうだ。公式発表はしばらく時期をみよう」


「それで構いませんか?」

「ああ! セイリーンが婚約者であることに変わりはないからな!」

 嬉しそうなディアラドに肩を抱かれ、セイリーンは顔を赤らめた。


(これからは当たり前のようにディアラド様のそばにいられるんだ……)

 そう思うだけで胸が幸せが満ちていく。


「では、今のところ婚約は口約束のみ、ということですね」

 オーブリーが少し不安げな表情になった。


「いや、ちゃんと婚約のあかしを作る。ミドルシアでは宝石のついた指輪を贈るのであったな?」

「ええ」

 セイリーンは頷いた。

 ディアラドはきちんとセイリーンの言葉を覚えてくれていたようだ。


「この石は身に付けるには大きいので、割って加工しようと思っている。指輪と……それにペンダントはどうだ?」

「いいですね!」


 美しい青い宝石を身に付けることを想像するだけで、セイリーンの胸は躍った。

 ディアラドからもらった聖青石は卵ほどの大きさで、ずっしりと重い。

 指輪とペンダントにするにしろ、まだ半分ほど残ってしまいそうだ。


「この石は本当に大きいので、よかったらディアラド様のアクセサリーも作るのはどうですか?」

「俺の?」

 ディアラドがきょとんとする。


「たとえば魔獣のマントに付けるブローチとか。首元の飾りにすると映えると思います。それに……」

 セイリーンは思い切って希望を口にした。


「……私、ディアラド様とお揃いのものを身に付けたいです」

「お揃い!!」

 ディアラドが金色の目を大きく見開く。


「そうか、その発想はなかった!! お揃いか!! 同じものを身に付ける!! いいな!! すごく婚約者っぽい!! 最高だな!!」

「おまえ、感動しすぎ!! こっちが恥ずかしくなる!!」

 ディアラドのあまりの興奮ぶりに、隣でキースが顔を赤らめている。


 セイリーンは恥ずかしさにうつむいた。

「私……ずっと憧れていて」


 アクセサリーに限らず、小物や服のデザインや色味を合わせ、パーティーに出席する夫婦は多い。

 お互いがパートナーであることを誇りに思っているからこそできるのだと、ずっと憧憬の眼差しで見ていた。


(でも、ルシフォス様には言い出せなかった……)

 元婚約者のルシフォスから、婚約指輪を8歳のときに贈られた。

 だが、国王夫妻が選んだもので、成長してサイズも合わなくなった時点で宝石箱にしまったままだ。


(本当に名ばかりの婚約者だった……)

 10年も王太子の婚約者だったのに、セイリーンは今初めて婚約したという実感を得ていた。

 自分に寄り添い目が合うと笑顔を向けてくれる婚約者がいる幸せを、セイリーンは改めて噛みしめる。


「では、グレイデンに帰ったらすぐ専門の工芸士を呼ぼう。霊力を帯びた石だから、その力を活かせるようにしてもらう。デザインもぜひ選んでくれ。セイリーンの気に入るものにしたい。指輪とペンダント、それにブローチだな!」


「あと、ピアス」

「え?」

 キースの言葉に、ディアラドとセイリーンは驚いて振り返った。


 キースが自分の左耳の耳たぶを引っ張っている。

「俺にピアスを一つ作ってくれ。そのくらい余るだろ」


 しん、と客間が静まり返る。


「キース……」

「なんだよ、ディアラド、その顔!!」

「仲間外れにするようで悪いが、これは婚約の――」

「そんなことわかってるっつーの!」


 キースがキッとディアラドを見つめる。

「いいか、貴重な聖青石だぞ? 俺だってほしい!! そもそも俺にも権利があるだろ!? 影の谷で魔獣たちを倒しつつ、その石を取るのにどんなに苦労したか!!

俺がいたから取れたんだろうが!!」

 キースが激しく取り分を主張する。


「ちょっと! キースさん! 確かに貢献したんでしょうし、あなたはディアラド様の大事な親友であり側近ですが……。さすがに婚約の証の宝石を分けるっていうのは差し出がましくなですか? お嬢様の婚約に水を差すというなら私にも考えがありますよ?」

 ケイトの静かな憤怒の表情に、キースがびくっとする。


「怒らないでくれよ、ケイトさん。これにはちゃんと理由があるから!」

「……ぜひ拝聴させていただきます」

 ケイトが腕組みをしながらキースを睨んだ。


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婚約破棄された歌姫令嬢は、魔獣王に溺愛される 佐倉ロゼ @rosesakura

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