第27話:狩りの誘い

 翌朝、シャイアたちに見送られ、セイリーンたちは花園を出立した。


「とても楽しかったです」

 美しい花々やシャイアとの交流、楽しい夕餉ゆうげと花酒をセイリーンは心から楽しんだ。

(そして東屋でのディアラド様とひととき……)

 セイリーンの言葉にディアラドが嬉しそうに微笑む。


「それはよかった。湖畔で静養したあと、王都に帰る際に立ち寄るからまた会える。ケイトも花酒をまた楽しめる」

「もうっ、ディアラド様! からかわないでください!」

 ケイトが顔を赤らめてうつむく。


「いや、嬉しいんだ。この国のものを異国の人間が同じように美味しいと思ったり、美しいと感じてれることが。生まれ育った国は違えど、同じ人間――そういう認識があれば不要な争いも減る」

「不要な争い……ですか?」

「もともとグレイデン王国は多様な部族の集まりだから、始祖王がまとめあげるまでは部族間での争いも多かったんだ。だが、それでは魔物に対抗できない。無駄な血がたくさん流れた……。余所者を自分たちの敵、と認識するのではなく、仲間と思えるようになるまで長くかかった」

「そうなんですか……」


 グレイデン王国の歴史は書物で少し読んだきりだ。

 ずっと争いが絶えず、人々の暮らしは厳しかったという。


「だから、人々が安心して暮らせる国を作るために歴代の王たちは奔走した。国としての基盤を整えるの時間がかかり、他国と交流が遅れた」

「外交はお父様であるブレイク様が特に尽力なさったんですよね」


 ミドルシアのパーティーで気さくな笑顔を浮かべるブレイク王の姿が目に浮かぶ。


「ああ。父は見知らぬ土地に行くのも人と出会うのも大好きで――。父の人柄のおかげで今の外交がある。おかげでそなたにも会えた。セイリーン」

「あ――」

 確かに閉ざされた辺境国のままだと、ディアラドに会えなかった。


「あのブレイク様は今は――?」

「確か北の方の部族を回っているはずだ。父はもともと一所に留まるのが好きではないのだ。俺に王位を譲ってからは、待ってましたとばかりに国中を放浪している」

「国内ならまだマシだよ。あの人、下手したら船を出して異国に……イテテ! 頭痛っ!」

 キースが顔をしかめる。


「飲み過ぎだ」

「飲み過ぎですね」

 ディアラドとケイトが同時に言葉を発し、顔を見合わせて吹きだした。


 ケイトも随分とグレイデン方式に慣れたようだ。

 ディアラドと目を合わせたり、言葉を交わすときの緊張が薄れてきている。


「ん……あれは!」

 ディアラドが急に腰を上げ、窓の外を見た。

「お、銀月豹ぎんげつひょうだな」

 キースも窓を覗く。

 どうやら豹の姿が見えたらしい。


「えっ、魔獣なのですか!?」

 セイリーンは聞いたことのない獣の名前にびくりとした。

「いや、魔物ではないが人が行き交う街道に現れる大型の獣を放っておくわけにはいかない。馬車を止めろ!」

「はっ!」

 馬車が止まるとディアラドが立ち上がった。


「俺が狩ってくる。しばらく待っていてくれ」

「王がみずから……!? 兵たちでは狩れないのですか?」

 ケイトが不安げな顔になる。

「キースがこの調子だし……兵たちに頼んでもいいが……」

 ディアラドがセイリーンを見る。


「銀月豹の毛皮はとても美しい。俺は自分が狩った獣の毛皮を贈りたいんだ」

「私にですか!?」

「気に入らなければ売ってもいい。高値で取引される。俺の馬と――槍をもってきてくれ」


 馬車を降りたディアラドの元に槍が届けられる。

「槍、大きいんですね……」

 がっしりした槍はセイリーンの背丈よりも長かった。


「銀月豹は弓で一撃で倒すことが難しい。苦しませずに倒すならば槍がいい」

 用意された黒馬に乗ったディアラドが、ふっとセイリーンに視線を向けた。

「セイリーン、一緒に行くか?」

「えっ?」

「狩りに行ったことは?」

「な、ないです!」

 セイリーンは驚いて首を横に振った。


ミドルシア王国でも狩りはするが、貴族がやるのは社交の範疇はんちゅうに入る狐狩りや鴨狩りだ。

 危険はないとわかっていても、遊びで生き物を狩ることに抵抗があった。


「豹狩りとか。女性は興味ないだろ、そんなの」

 キースがばっさり斬って捨てる。

「ディアラドさあ……。もうちょっと女性の好みそうなことを考えられないのか?」

「おまえは女性が好む狩りがわかるのか?」

 ディアラドが面白そうにキースを見やる。


「当たり前だろ。とっておきがあるんだ! 俺しか知らない秘密の森のキノコ狩りとか!」

 興奮気味に語るキースに、ディアラドが苦笑する。

「毒キノコの群生を見て何が楽しいのか……」

「おまえ、見たことないくせに……っ! すごいんだぞ! 燃えるような深紅のアカタダレダケが、一面に広がるさまは!」

「まず名前からしておぞましいし、触れただけで皮膚がただれるようなキノコに近づきたい女性がいるとは思えんが」


「豹狩りの方がヤバいだろ! 一噛みで腕を食いちぎるんだぞ、あいつら!」

「豹は美しい」

「キノコも美しいっつーの!」

 キースとディアラドの低レベルな争いを、ケイトがうんざりと眺めている。


(狩り、か……)

(そういえば、ルシフォス様から何度か狐狩りに誘われたことがあったな)


 ただ馬に乗ってついてくるだけでいいからと何度も誘われたが、セイリーンは丁重に断った。

 あのときのルシフォスの落胆した顔が浮かぶ。

(ああいう積み重ねで、お心が離れていったのだろうか)

 少なくとも、楽しみを共有できないつまらない女だと認識されるに至った一片には違いない。


 ディアラドが魔獣のマントを羽織る。

 魔獣王との異名を取る、狩りの達人でもある王。

(ディアラド様のことを知りたいのならば、狩りをしている姿を見るべきでは?)


「では、行ってくる。すぐ戻る」

 ディアラドが手綱をぐっと握った。


「あ、あのっ……!」

 セイリーンは勇気を振り絞った。

「私、見てみたいです! ディアラド様の狩りを……」

「えっ!」

 三人が一斉に驚愕の目を向けてくる。


「ディアラド様は狩りの名手と伺いました。どんな狩りをなさるのですか?」

「今回は騎馬で獲物を追い、槍で仕留める。馬上での狩りだ」


 キースがため息をつく。

「はああ……。おまえ、まさか貴族のご令嬢を馬に乗せて豹狩りをする気か?」

「ああ。馬上ならば安心だろう」

 当然のようにディアラドが頷く。


「ええっ、そんなのダメですよ! 危険すぎます! どうしてもと言うなら、私とお嬢様は別の馬に乗って遠くから眺めていますから!」

 ケイトが断固反対とばかりに声を上げる。


「大丈夫だ。二人乗りの狩りは慣れている。キースを乗せてよく狩りをしているが、一度も怪我をさせたことはない!」

 ディアラドが自信たっぷりに言い放つ。


「いやいや、俺と貴族のご令嬢を一緒にするなよ! うわ、大声だしたら頭に響く……。てか、貴族のご令嬢ってそもそも馬に乗れるのかよ」

 キースの心配げな目線に、セイリーンは慌てて答えた。

「い、一応、馬に乗ったことはあります。手綱たづなは従者に引いてもらって、領地を散歩をした程度ですが……」

「ほらあ! 獲物を追って疾走する馬に乗るなんて無理だよ!」

「俺がいるから大丈夫だ」

 ディアラドがきっぱり言い切り、セイリーンを見た。


「そなたを絶対に危険な目に遭わせない。だが、無理をせずに待っていてくれてもいい」

ディアラドの優しい言葉が染みる。


(この人は私が断っても、機嫌を損ねたりしない……)

 でも、自分は今まで優しく穏やかなディアラドしか見ていない。

(狩りをするディアラドを見てみたい……!)

 強い欲求が込み上げてくる。


「私、ディアラド様と行きます!」

 セイリーンの言葉にキースとケイトがぎょっとした表情になった。

「えっ! マジかよ」

「お嬢様、おやめください!」

「心配しないでケイト。大丈夫ですよね、ディアラド様」

「ああ、ただの豹狩りだ」


 ディアラドから差し出された大きな手をセイリーンはそっと取った。


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