第45話:囚われのセイリーン

 セイリーンは狭い小屋の中をうろうろと歩き回った。


(私のせいでディアラド様が……。そして、父までも殺されてしまう! 阻止しないと!)


 だが、焦りが募るばかりで解決策が思いつかない。

 そわそわと動き回る自分を、見張りの兵士がじっと見つめているのがわかる。


「……」

 理解できない。

 ルシフォスはどうしたというのだろう。

 婚約破棄をして意気揚々としていたはずだ。

 しかも、ダリアリアという恋人もいる。

(なぜ、こんな滅茶苦茶な計画を――)


「ああ……」

 脳裏に浮かぶのはディアラドの姿ばかりだった。

 輝く銀色の髪や金色の瞳。

 こちらに向けてくる笑顔――優しい声。

(会いたい――もう一度あの方に……)

(なんとしてでもここを出なくては)


 だが、ドアには鍵がかけられ、中には見張りの兵士がいる。

 ルシフォスが見張りにつけた兵士は大柄ではなかったが、それでもセイリーンが素手で立ち向かってかなう相手ではない。


(でも、兵士をなんとかしないと……)

 兵士がふうっとため息つくのが聞こえた。

 ごしごしと目をこすり、どうにもつらそうだ。


「大丈夫ですか……? お疲れのようですが」

 近くに寄ると、兜の奥の兵士の顔に見覚えがあった。

 ルシフォスの館の奥庭で歌うとき、離れた場所から見守っている護衛だ。

「いえ、お気遣いなく」

 兵士が素っ気なく答える。

 だが、目は充血しているし、隈もひどい。

(もしかして、寝不足……?)


 セイリーンはハッとした。

 この乱暴な計画はおそらくルシフォスの独断だ。

 両親である国王夫妻はもちろん、他の貴族たちにも絶対にバレてはいけない。

 となると、ルシフォスに忠実で口の固い近衛兵のみを使っているはずだ。

 おそらく前々からの計画ではなく、ここ数日、下手をすれば一両日程度の急なくわだてだろう。

 しかも、他国の王と自国の公爵を暗殺するなどと正気の沙汰ではない。


近衛兵たちも神経を張り詰めているだろうし、忙しくてほとんど寝ていないのではないだろうか。

 セイリーンの前で疲労の色を見せているのが何よりの証拠だ。


「あの……よかったら歌を歌ってもいいですか?」

「え?」

「気晴らしに歌を歌いたいのです」

 兵士が警戒するようにセイリーンを睨んだ。

「歌声で人を呼ぶおつもりならムダですよ。ここはルシフォス様の領内ですし、石造りの建物で大声で叫んでもほとんど外には……」


「小さな声で歌います。あなただけに聞こえるくらいの。気持ちを紛らわしたいのです。でなくば、半狂乱になりそうで」


 わめき散らされたり、暴れられても面倒だと思ったのか、兵士が頷いた。


「大きな声を上げたら猿ぐつわをかますよう、ルシフォス様から言いつかっておりますので、そのおつもりで」

「ええ、わかっています」

「……ならどうぞ。貴方の歌は心地がいい。聴いていると疲れがとれる気がします」


 兵士の言葉に微笑み、セイリーンは小さく歌い出した。

 優しく穏やかに、そう――聴く者を眠りに誘うように。

 兵士もこれくらいの声量ならばと安心したのか表情を和らげる。

(気持ちよく人が眠れますように――そう祈るように歌う……)

 ディアラドがすうすうと眠ってしまったときに歌った歌を、セイリーンは奏で続けた。



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