第3話:セイリーンの戸惑い

「で、でも、なぜ私に求婚を……?」


 5年前に一度挨拶したきりという関係性から、なぜ求婚に至るのかまったく理解できない。


「王! いきなり不躾ぶしつけですよ!」


 臣下らしき細身の青年が、後ろで束ねた長い髪を揺らせながら慌てて駆け寄ってくる。

 まだ若い――ディアラドと同い年くらいだろう。


(若草色の髪に灰色の目……ミドルシアでは見たことのない珍しい色……)


 珍しい若草色の髪はもちろん、何より印象的だったのは左目に付けられた黒い眼帯だ。


「キース! 邪魔するな! 俺は今、セイリーンの返事を待っているところだ!」


 ディアラドの言葉に、キースがあからさまに顔をしかめた。

「何言ってるんですか! これは王太子の大事な成年祝いのパーティーなんですよ!? それを王とはいえ、他国の人間が求婚の場にして! ブレイク様にも念押しされたでしょう? 勝手な行動は控え、礼儀正しく――」


「おまえこそ、何を言っているんだ!?」


 ディアラドが呆れたように叫んだ。


「今、セイリーンは婚約を解消したんだぞ!?」

「見てましたよ、ちゃんと!」

「ならばすぐさま求婚するに決まっているだろ! 

他の男にかっさわられたらどうする?」


 ディアラドの言葉に、キースが深くため息をつく。

「早いもの勝ちじゃないんですから! セイリーン様が困っているのがわかりませんか?」


「えっ」

 ディアラドが驚いたように見上げてくる。


「俺が求婚したら迷惑なのか……?」

 ディアラドのぽかんとした表情があまりに無防備で、セイリーンは息を呑んだ。


「あっ、いえ、その……」

 率直な問いにセイリーンが言葉に詰まっていると、キースがディアラドの肩をつかんだ。


「ほら、行きますよ、王!」

 キースはどうやら背後に動かそうとしたようだが、ディアラドの体はびくともしない。


「あんたはずっとセイリーン様に片思いをしていたんでしょうが、セイリーン様にとったらよく知らない他国の王にいきなり求婚されたんですよ?」

「……!!」

 セイリーンは驚いて、キースの手を払おうとするディアラドを見つめた。


(ずっと片思い?)

 その言葉が引っかかった。

 5年前に会ったきりなので、考えられるとしたら一目惚れくらいだ。

 だが、あのときのディアラドはとても不機嫌そうだった。

 挨拶をしてもろくに目も合わせず、そっぽを向いて父王に叱られていた。


(では、なぜ――)


 尋ねる前にディアラドが口を開いた。

「セイリーン、驚かせたかもしれないが……」

「驚いたに決まってるでしょ!」

 キースがすかさずつっこむ。


「キース! おまえは黙っていろ! 俺はそなたを王妃に迎えたい。俺との結婚を考えて――」

「俺じゃなくて、私でしょ!」

 キースがいたたまれないというように、左目に付けた黒い眼帯を押さえる。

「わ、私との結婚を考えてほしい……」


 セイリーンは呼吸をするのも忘れ、目の前のディアラドを見つめた。


 猛々しい国の頂点に立ち、魔獣すら倒す力を持つのがグレイデンの王だ。

 だが、膝を下り、一心に自分を見上げてくる彼の顔は不安げで、まるで迷子の子どものように見えた。


(彼は切実に待っているのだ。私からの色よい返事を――)


 まごうことなき熱い想いに、どくん、と大きく心臓が跳ねた。


 久しくなかった胸の高鳴りだ。

 こんなに情熱的に見つめられ、ただひたすら愛を請われたのは初めての経験だった。


「あ、あの……」

 セイリーンは周囲からの突き刺さるような視線を感じた。


 今や、セイリーンは別の意味で注目のまととなっていた。

 誰もが固唾を呑んでセイリーンの返事を待っている。


「やめてくれ!」

 父のオーブリーがかばうようにセイリーンのかたわらに来た。

「!」

 ディアラドがハッとしたように立ち上がる。


 オーブリーは自分よりはるかに背の高いディアラドの姿に一瞬息を呑んだものの、ひるまなかった。


「グレイデンの若き王、ディアラド陛下。我が娘にはもったいなき求婚の申し出、光栄に思う。だが、娘は今とても混乱しているのだ。そんな重大な決断を下せる状況にない!」


 ディアラドが虚を突かれたような表情になった。


「だから言ったでしょ! ディアラド様!」

 キースがディアラドの毛皮のマントをつかんで引っ張る。


「とにかく、娘は下がらせる! ディアラド陛下、求婚の話は保留にさせてください。お心遣いには感謝しております。後日必ず使者を送りますので」


 オーブリーは口早に言うと、セイリーンを抱きかかえるようにしてドアへを向かった。

 セイリーンの母であるシンシアも同じくセイリーンを守るように肩を抱いた。


「セイリーン!」


 ディアラドの悲痛な呼び声に、両親に挟まれながらセイリーンは慌てて振り返った。

 仁王立ちしたディアラドがまっすぐこちらを見ている。


「俺は本気だ!」

 自分を見つめるディアラドの金色の目が、鮮烈にセイリーンの脳裏に刻まれた。



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