第25話:キースの考察

「そなたはルシフォスの奥庭でよく歌っていたな。あの場所がお気に入りだったのか?」

 ディアラドの問いに、セイリーンは首を横に振った。

「いえ、ルシフォス様のご命令で。ルシフォス様が許可した場所でしか歌えなかったので」

「え?」

「なので歌いたいときはルシフォス様の宮のお庭で。あとは成年祝いのパーティーのような公式の場ですね」


 セイリーンは口にして、ハッと気づいた。

 これから婚約破棄しようという女に祝福の歌を歌わせるなどと、よくできたものだ。

 改めてひどい仕打ちを受けたのだという事実が突きつけられる。


「つくづく情のない男だな、ルシフォスは」

 ディアラドが不快げにつぶやいた。

「自由に歌うこともできないだと? 婚約者は籠の中の鳥ではない!」

「……承諾したのは私なので」

 少しでも好かれたくて、嫌な顔をされたくなくて――ただ受け入れた。


「はァ、そう聴くと、すっげえ独占欲の強い奴だったんだなァ。ルシフォスって王太子」

「え?」


 酔いが回ってろれつが怪しくなってきたキースが暑いのか、上着を脱いで肌着の前を開けだした。

 赤く上気した胸元が見え、セイリーンはぎょっとしたものの、続くキースの言葉が気になって声を出さなかった。


「だってさァ、あの歌声、遠くから聞いてもすごかったからなァ。他の男に聴かせたくなかったンだろ。大方おおかた。そンで、自分の婚約者だと自慢したい時だけ皆の前で歌わせる。いいだろう、俺の女だぞォ。おまえたちにはやらないーって宣言するようなもんじゃん」

「そんな……」


 それではまるでルシフォスが自分に執着していたように聞こえる。

 素っ気ない態度、合わない目線――そして浮気までされていた。


「ルシフォス様は私にあまり興味がなかったので、それは考えすぎかと……」

「興味がなかったら放っておくだろォ。あれこれ制限をかけるのは、他の男に獲られたくなかったからなンだろ」


 キースの言葉にセイリーンは混乱してきた。


「でも、実際婚約破棄されましたし、他に好きな女性もいるようなので……」

「次の女を見つけるまではがっちりキープ、って感じかァ。傲慢で自分勝手――血筋で跡継ぎが決まる国の王太子っぽいなあ」

 キースが皮肉な笑みを浮かべ、手を振った。

「小物小物! 自分に自信がないンだな。王の子に生まれたってだけでちやほやされて、何もしなくても王位に就けるんだろ、ミドルシア王国では」


 キースの馬鹿にしたような言い方に、セイリーンはカッとなった。


「そんな――そのような簡単なものでもありません! もちろん、ルシフォス様は第1王位継承者ではありますが……。国王はもちろんのこと執政院の半数以上の賛成が必要ですし、帝王学などの勉強や社交も幼い頃からずっと厳しく――」


 セイリーンはなぜか自分を捨てた男を必死でかばってしまっていた。

 外部の人間に軽んじられるのはなぜか悔しかった。

 王太子に生まれたルシフォスの重圧と努力を幼い頃からずっと見てきたからだろうか。

(あんな裏切り者をかばうなんて――私って本当に馬鹿……)

 セイリーンはぎゅっとスカートを握った。


「フーン。ま、俺が言いたかったのはァ、あンたを支配したかったんだろうな、ってこと。よかったじゃん」

「え?」

「婚約破棄されてよかったじゃん。あのまま結婚してたら窮屈な一生を送ることになってたぞ、絶対!」

「あなた! お嬢様の苦しみや悲しみを――!」

 思わず声を上げたケイトを、キースが酔いが回ったとろんとした目で見つめた。

「そォかァ? 自分から婚約破棄したら恨みを買うし、王族を敵に回すしィ。あっちから申し出てくれてあんた幸運だよ」

「……!」

 セイリーンは驚いてキースを見つめた。


(そんな考え方があるのか……)

 確かに親同士の決めた婚姻は破棄しづらい。

 自分に興味がない夫との暮らし――それが何十年も続く。

 想像を絶するつらさだろう。


 王妃になり、次代の王を生むかもしれないという女として考える最高の地位を約束されてはいるが――。

(それは――私の望んだ人生なの? 王妃になりたかった? いいえ……)

 自分はただお互いを愛し、信頼し、支え合う夫婦になりかっただけだ。


「あいつ、ろくな奴じゃねえよ。器の小っせェ王太子は次の女に任せて、あンたは新しい男を探せばいい」

 キースがびしっとディアラドを指差した。

「ウチの王とかどう? いい男だしィ、あンたにめちゃめちゃ甘いしィ。楽々贅沢王妃生活できるよ!」

「キース、調子に乗るな!」

 ディアラドがばしっとキースの若草色の頭を叩く。


「すまない、こいつ酒癖が悪くて」

「そのようですね」

 床に寝そべり始めたキースを、ケイトが冷ややかに見つめる。

「はァ、床が冷たくて気持ちイイ……」

 キースが床に頬をぴたりと付け始めた。


「でもまあ、キースが話していた内容にはおおむね同感だ。だからえて止めなかった」

「ディアラド様……」

「セイリーンはもっと自分を大事にしてくれる男を選んだ方がいい。そなたならば今後、申し込みがたくさんあるかとは思うが……」

 ディアラドが顔を赤らめて横を向いた。

「……その候補に俺も入っていると嬉しい」


 キースが寝転んだ状態のまま、ディアラドの腰をどかっと蹴る。

「なンだよ、弱気だなあ!」

 ミドルシアでは不敬罪で処刑されてもおかしくない行動に、いまだ慣れないセイリーンはびくりとした。

「しっかりしろよォ! おまえ一応、俺たちの王様なンだけどォ! もっとさァ、俺が世界一だー! みたいな景気のいいコト言ってくれないとさァ。グレイデン王国の男代表としてさァ」

 どんどんろれつが回らなくなってきたキースが、床をゴロゴロと転がりだした。


「おまえはもう寝所に行け。飲み過ぎだ」

「だって、美味いんだよォ、悔しいけどこいつン作った花酒がァ!」

 キースがびしっとシャイアを指差す。

「ふっ……ようやく認めたわね。キース・クライン。私の方が上だって!」

 シャイアが余裕の笑みを浮かべる。

 ディアラドやケイト同様、彼女もかなりお酒が強いらしく、白い頬は赤みを帯びず、薄紫色の目もしっかりしている。


「認めたわけじゃねェ! だが、この花酒はもらっていく!」

 棚に置いてあった花酒の瓶を抱えるようにして、キースが寝所へと走っていく。

「あいつ! 一番いい酒持っていって! もう! こんど花畑作り手伝わせてやる!」

 シャイアが悔しそうに言うと立ち上がった。

「じゃあ、皆さんも酔いが回ってきた頃ですし、お開きにしましょうか」

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