第一のゲーム(1)


 モニターが完全にせり上がった跡に、参加者の目の前に現れたのは。およそ幅十数メートルに渡る、地面の亀裂だった。そして今は参加者の上方に位置しているモニターに、その亀裂を上から見下ろした映像が映し出された。それはまさに「奈落の底」とでも表現したくなる、地獄の底へと続いているかのような、果てしない暗闇がぽっかりと口を開いていた。



『私どもは波止場の地下にこんな洞窟があることを発見し、同時にこの大きな亀裂も見つけました。亀裂の底までは100メートル以上あり、一度落ちたら最後、上まで戻って来た者は誰もいません。つまり、この亀裂に身を投じることで、間違いなく「確実な死」へと至れるというわけです。


 さあ、そこで皆さん。

 先ほど申しあげました通り、このゲームに最後まで「生き残ってしまった者」は、生きるよりつらい多額の負債という重荷を、生涯に渡って背負い込むことになります。そんなことになるより、他の参加者に先んじてこの亀裂に身を投じれば。それでもう、一切の不安から解放されることになります。もちろんご家族や親族、友人・知人などに、借金の催促がいくことはありません。その時点で身を投じた者の負債は帳消しになり、それ以降は「敗者」が背負うことになるのですから。


 背負った借金を帳消しにして、これまでの不安や苦悩から解放される、「栄えある勝者」になるために。誰も引き止める者はいません、どうぞ皆さん安心して、亀裂へと身を投じて下さい。制限時間は、今から10分です。10分経過した時点でモニターがもとの位置に降り、亀裂へは飛び込めなくなります。そしてその時点で「生き残ってしまった方々」は、次のゲームに挑戦することになります。


 自ら亀裂に身を投じ、借金から永遠に解放される「勝者」になるか。生き残って次のゲームに挑戦する、「敗者」になるか。ふたつにひとつです。さあ、それではバトル・スーサイド、第一のゲームスタートです!!』




 ガイドマンがそう告げると共に、モニターの映像は「プツリ」と切れ。そして、運動会などでよく使用される、オッフェンバックの「天国と地獄」序曲――「たーたー、たかたかたーたーたかたか♪」という、聞き覚えのあるあの音楽が、大音量で会場内に流れ始めた。


 その軽妙な音楽の響きとは裏腹に、参加者たちは茫然とその場に立ち尽くしていた。バトル・スーサイド……「自殺を争う」とはそういう意味なのかと、イベント名の示す意味を改めて認識した者もいるかもしれない。だがほとんどの者は、「いったいどうすればいいのか」と、ただただ唖然とするばかりだった。


「安心して飛び込めって、どういうことだよ。そんなの聞いてないよ……!」

 参加者の1人、20歳そこそこくらいに見える若い男が、俯きながら力なくそう呟いた。


「聞いてないどころの騒ぎじゃないだろ、冗談じゃない。やめだやめだこんな馬鹿馬鹿しいゲーム、とっとと帰らせてもらうぞ!」

 恐らくその若い奴と「同じ待機部屋」だったのか、少し年上と思われるゴツい体格の男が、すぐ隣にいた若い奴の落胆ぶりを見かねたかのように、今は何も映っていないモニターに向かってそう叫ぶと。怒り心頭といった按配の気色ばんだ様子で、拓也たちも降りてきたエレベーター前へ向かった。


 だがエレベーターの前面には、扉を開けるためのボタン類が一切付いていなかった。上に上がるには、「エレベーターの中」からしか操作出来ない仕組みになっているのだ。


「おい、ここを開けろ! 誰か聞こえないのか? 俺はこのゲームから降りる。ここから出してくれ!!」


 ゴツい男は苛立ちを隠せずに、エレベーターの扉を拳でガンガンと叩いた。

 ……すると。


 びびびっ、ばちばちばちばちっっっ!!


 扉とその男の間に、何か青白い火花のようなものが光り。男は全身を激しく痙攣させて、その場にバッタリと崩れ落ちた。


「ど、どうしたんだ?!」


 先ほど泣き言を言っていた若い男も、ゴツい男の後を追うようにエレベーター前に来ていたので、目の前で倒れこんだ男を見て、傍に駆け寄ろうとしたが。そこでおもむろにエレベーターの扉が「ずいっ」と開き、あの黒い服の男が2人、姿を現した。2人はそれぞれに黒い棒のようなものを持っていて、ゴツい男に近付いた若い男に、その先端を向けた。


 ばちっ、ばちばちばちっ!!


 再び細かな火花が飛び散り、若い男は「うがああああっ」と呻きながら、顔を歪めて地面に膝をついた。黒服の男が持っているのは、ボディガードなどが使うスティックタイプのスタンガンなのだろう。そして恐らくゴツい男が叩いたエレベーターの扉にも、高圧電流が流されたのではないかと思われた。



 ゴツい男に誘われるように、ここから出られるなら自分もとエレベーターの方を向いていた奴らも、どうすべきかとまだ悩んでいた奴らも。その容赦なき仕打ちを目の当たりにして、その場から一歩も動けなくなった。そしてモニターは暗いままだったが、ガイドマンの声だけが会場内のスピーカーから聞こえてきた。


『見ておわかりのように、エレベーターに乗ってここから離れようと試みた方には、電気ショックを与えることになっています。しかし決して、死に至らしめるような電圧ではありません。ショック死でもしたら、「勝者」になってしまいますからね。あくまで気を失わせて、次のゲームへと移ってもらいます』


 ようするに、この場から出ることはまかりならん、ということだ。ガイドマンが言っていたように、参加者が取るべき道は、自ら死を選ぶか敗者への道を進むか、「ふたつにひとつ」なのだと。


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