イベント会場内


 拓也が倉庫内に足を踏み入れると、背後の扉はすぐにまた「ガチャリ」と閉じた。扉の両側には、黒いスーツを着てサングラスをした男が1人ずつ立っていて、参加者が来た際の、扉の開け閉めを担当しているらしい。そして彼らの役目は、それだけではなかった。


 拓也が中に入って最初に思ったことは、「なんだ、ここは……?」というものだった。この倉庫内でイベントが行われるのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。倉庫の中にはイベントらしき設備や装飾などは一切なく、「がらん」とした空間が広がっていて。ただ床の中央付近に、高さ2メートルくらいの円柱のような建造物があるだけだった。


 ここはあくまで、受付をするだけの場所なのか? いや、そしたら俺の前に入ったあの小太りな奴は、いったいどこへ行ったんだ……?



 拓也がそんな疑問点を、黒いスーツの男たちに聞こうかという前に。扉の向かって左側にいた男が「すっ」と拓也の方に歩み出て、「契約書をもらう」と語りかけて来た。何か少し威圧的な感じのするその口調に、拓也は思わず「は、はい」と答え、男に封筒を差し出した。


 男は倉庫前の受付と同じように、契約書のサインを確認すると。それをもう1人の男に渡し、今度は円柱の建造物の前に置いてあった小さなトレイを手に持つと、「では、ポケットの中のものを、全てこの上に」と、拓也の前に突き出した。


 秘密を他に漏らさないようにと契約書に書いてあったから、写真や動画の撮影できるスマホなんかは預けることになるだろうな、とは予想していた。だが、ポケットの中のものを、全部というのは……。


「あの、全部ってことは。サイフとか家の鍵とか、そういうものもですか?」


 拓也がそう聞くと、男は「ああ、そうだ。全部というのは、そういうことだ」と、突き出したトレイの位置をピクリとも動かさずに答えた。入って来た時と変わらぬ、指示をするというより何か「命令する」かのような口調に、拓也は少しムッとしながらも。「でも、お金なんか預けて大丈夫なんですか? もしなくなった場合は保証とか……」と、更なる質問をしようとすると。


 男ははトレイを持ったまま、「ずいっ」と1歩前に出て。180センチ以上はあろうかという長身から見下ろすように、拓也への返答を口にした。



「お前がサインした契約書には、我々の指示には逆らわずに従うという文面が書かれている。それにサインしたということは、どんな疑問や不安があろうと文句を言わず、我々の指示に従わなくてはならないということだ。これから先は、そのルールに乗っ取って進んで行く。サインしたからには、ある程度の危険があるということも承知のはずだな?」


 黒いスーツを着てサングラスをした長身の男に、上から目線で「ビシッ」とそう言いきられ、拓也も返す言葉がなかった。……やっぱり倉庫前の男は「ただのバイト」だったんだろうな、中に入ったらこうも態度が変わるとはな。見映えといい話しっぷりといい、まるで映画やドラマに出て来るヤクザかマフィアみたいだ。これがイベントを主催した奴らの「正体」だとしたら、何をされるかわかったもんじゃないな……。


 拓也はそう思い、ここは逆らっても仕方ないなと、渋々サイフや鍵などをトレイの上に置いた。男がトレイを床に置くと、もう1人の男が拓也に近付き、ハンディタイプの金属探知機らしきもので、拓也の体を調べ始めた。隠しマイクやカメラなどを持っているかどうか、調べているのだろうか。そこまで念入りにするのかと驚いていると、そんな拓也の表情を察知したのか、探知機を持った男が淡々と語り始めた。


「これはポケットから出したものの他に、録画や録音機能を持った機器を所持していないか、確認すると共に。ナイフや金づち、チェーンの類など。そういった凶器になり得る『危険物』の有無を調べている。どんな奴が忍び込んでいるのかわからんからな」


 

 危険物を持って、イベントへ……?

 そんな物騒な輩がいるのかと拓也は思ったが、そういえばアイドル系のイベントでもファンによる刺傷事件が起きたことがあったし、ましてやこんな「生活に困っていたり、生きるのに辛くなった人たち」を招待したイベントでは、参加者に対して十二分な警戒をするのは当然なのかもしれない。それを踏まえると、扉の内側にいた2人の男の黒いスーツにサングラスという服装、上から目線の言い方などは、参加者に無言の圧力をかけるような意味あいがあるのかもしれない。


 いずれにせよ、ここまで凝った準備をしている以上、事前に想像していた「ドッキリ企画」という可能性は限りなく少なくなったように思えた。こうして念入りな身体検査がようやく終わり、最初にトレイを差し出した男が拓也に向かって「では、ここに入れ」と新たな指示を出し。円柱形の建造物の表面に付いていたスイッチらしきものを「カチリ」と押した。建造物の正面が「パカリ」と開き、その内部には小さな部屋があり。どうやらこれはエレベーターらしいぞと、拓也はようやく感づいた。


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