イベント会場前


 集合場所として記載されていたのは、港にあるいわゆる「倉庫街」といったところで、そのひとつがイベントの会場になるらしい。指定された最寄駅を降りて少し歩くと、駅前の商店街はすぐに途切れ、民家の数もまばらになり。倉庫街へ向かって進む一本道の両側には、だたっぴろい空き地が続くだけの殺風景な道のりだったが、そのおかげで目的地まで迷うようなこともなかった。


 渡された地図を頼りにそれから30分ほど歩いて、ようやく倉庫らしきものが見えてきた。幾つかの倉庫が連なっているのかと思ったが、指定された倉庫は他のものより少し離れた場所にぽつんと建ち、想像していたものよりも小さく、大きめのプレハブ小屋くらいの規模に感じられた。自分を含め何人かが「ゲームで争う」と書いてあったので、もっと広い倉庫を思い浮かべていたのだ。


 それに倉庫自体の外見も何か古びていて、しばらくの間誰も使わず放置されていたのではないかと思えるくらいだった。しかし、こういった「怪しげな企画」を開催する場所として考えれば、それに見合った会場ということなのかもしれない。



 一本道から倉庫をぐるっと回りこむようにして正面へと向かうと、何人かの人影が入口らしき前に立っていた。どうやら自分より先に来ていた「先客」がいて、受付と思われる人物が手続きをしているようだった。


 拓也の前にいたのは、少し小太りで拓也よりもやや背が低く、銀縁の眼鏡をかけていて、ぱっと見は「オタクっぽい」ような感じを受ける青年だった。「青年」というのも見かけが大人っぽくないというか「成熟していない」ように感じられただけで、実はもっと年齢が上かもしれないし、その逆という可能性もあるだろう。


 ともあれその「年齢不詳の、オタクっぽい小太りの男」は、倉庫前にいる係員の指示に従い、倉庫の中へと入って行った。そして倉庫の扉がキッチリと閉められてから、係員が拓也に向かって語りかけて来た。


「招待状をどうぞ」


 ただひと言、それっきりしか係員は口にしなかった。扉が閉まったのを確認してから拓也に語りかけたのは、恐らく手続きが終わるまでは中の様子を見せないということなのだろう。イベントの参加者ではなく、招待状のことを誰かから聞いて、イタズラ半分でやってきた野次馬かもしれないのだから。かけて来た言葉がシンプル極まりなかったのも同じ理由で、それで「なんのことですか」と聞き返すようなら、即座にお引き取り願うに違いない。 


 拓也は持参してきた封筒をジャケットの内ポケットから取り出し、契約書が入ったその封筒ごと係員に手渡した。オールバックの髪をビシッと頭皮になでつけ、紺色のベストを着た几帳面そうな係員の男は、契約書にサインがしてあるのを確認すると、「ふむ」と頷き。「はい、どうぞ」と、封筒ごと拓也に返した。それから、「それではここに、あなたの名前と、片道分の交通費を記入してください。利用した交通手段などの詳細は不要です。使用した金額だけを書いて下さい」と、これまたぶっきらぼうというか、事務的な口調で拓也に指示を告げた。


 招待状にあった「あなたのための救済企画です」とか「救いの手を差し伸べたいと思って」などという文面からして、「ようこそおいで下さいました」くらい言っても良さそうなものなのに、とも思ったが。この係員も自分と同じように「派遣のバイト」として雇われているだけかもしれない。来た人に招待状を見せてくれと告げ、契約書のサインを確認し、名前と交通費を書いてもらう。こいつはそれだけの役割りで、こいつ自身も「倉庫の中」がどうなっているかは、知らないって可能性もあるな……。


 仮にもしそうだとしたら、いったいこのバイトの時給はいくらだろうな、頻繁にやってるわけでもなさそうだから、それなりに高いのかもな。こういう仕事は、どうやって探せば見つかるのかな……。拓也はそんなことを思いつつ、指示された通りに、係員の前にあるテーブルの上のノートに、名前と交通費の金額を書き込んだ。記入する欄は1人1ページが割り当てられていて、さっきの小太りの男は拓也の前のページに書きこんだらしく、すでにそのページがめくられていたため、名前などはわからず仕舞いだった。



 拓也が書き終えると、係員はそのページをペラリとめくり、まっさらな新しいページを開いた。やはり、受付で来た者が何人かカブっても、互いの素性というか名前などは、後から来た者にわからないようにしているらしい。


「では、中にお入り下さい」


 そう言って係員は、右手の拳でやや強めに、倉庫の鉄製の扉を「ごんごん」と叩いた。扉は内側から外側に向かって「ガチャリ」と開かれ、拓也は「ごくり」とやや息を飲みながら、その扉の中へと入って行った。


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