イベント待機所(1)
建造物の中に入ると、ドアはぴしゃりと閉まり。入って来た側の壁に、「1F」と「地下」という、ごくシンプルなボタンが2つだけ付いていた。ようするに、このプレハブみたいな倉庫はイベント会場への「入口」に過ぎず。エレベーターで降りていった地下に、本来の会場があるらしい。それなら、先に入っていった小太りの男の姿がなかったのも頷ける。こうして1人1人念入りなチェックを行い安全を確認した上で、地下へと案内しているのだろう。
エレベーターには黒服の男も続いて乗り込み、黙って「地下」のボタンを押した。それにしても、こんな波止場の倉庫街の地下にイベント会場を作っているというのは、思ったよりも「本格的」な企画なのかもしれない。自分を出迎えた威圧的な態度のこの「黒服の男」といい、ドッキリどころが本当に「優勝者の借金を帳消しにする」つもりなのかもと、エレベーターが音もなく地下へと下降する間、拓也は言い知れぬ緊張感に包まれていた。
やがてエレベーターが停止すると、正面のドアが「パカリ」と開き。拓也が黒服の男に従ってエレベーターを出ると、そこは白い天井と壁に囲まれた廊下になっていて、廊下を少し進んだ先にある部屋の中に入るよう、指示を出された。
「あの、ここで待機してればいいんですか……?」
黒服の男はそのまま立ち去ってしまいそうな雰囲気だったので、この先どうすればいいのかと少し不安になり、拓也がそう問いかけると。
「中にいる者に、詳細は伝えてある。そいつから聞け」
男は簡潔にそう言い残すと、拓也の胸に小さなプレートを取りつけ、再びエレベーターに乗りこんで行った。倉庫の中へと上がって、もう1人の「相方」と共に、新しく来る参加者を出迎えるのだろう。しかし今は男のことより、自分の問題だ。コンビニの店員が付けているような小さなプレートには、ローマ字で「TAKUYA」とだけ書かれていた。これがイベント中の、拓也の呼び名になるのかもしれない。
そして拓也は緊張した面持ちで、「失礼します……」と言いながら、部屋のドアを開けた。
その部屋は8畳あるかないかくらいの狭さで、四方の壁沿いに腰かけるためのベンチのような椅子が並んでいて、その他に家具や調度品のようなものは何もなく。強いて例えるなら、サウナの中のような様相になっていた。そしてその壁沿いのベンチに、見覚えのある小太りの男が座っていた。小太りの男は眼鏡の縁に手をかけて、入って来た拓也の方を「ちらっ」と見ると、「……どうも」とほんの小さなお辞儀をした。
それきりその小太りの男は何も話さないような感じだったので、仕方なく拓也の方から話しかけることにした。
「あ、あの。イベントが始まるまで、この部屋で待機してればいいんですかね? ここに連れて来てくれた黒い服の男から、詳細は中にいる人……つまり、あなたに聞けって言われたんで」
拓也がすがるような思いでそう問いかけると、小太りの男も仕方ないといった風に「ふう」とため息をつき。「ああ、そうか……それじゃあ簡単に、教えてあげるよ」と、面倒くさそうに早口で話し始めた。
「ここは君の言った通り、イベントの待機場所だってことだよ。ここにはあと3人、つまり部屋の中に5人が集まったところで、改めてイベント会場へと案内してくれるんだって。その先のことは、僕にもわからない。ただ、あと4人来るまで待機してろってことだった」
小太りの男はほとんど拓也の方は見ずに、視線を合わせることなく一気にそう話し切った。恐らく喋るのはもうこれっきりにしたいと思っているのかもしれない。だが、拓也の方はそうではなかった。この男から聞いてみたいことは、山ほどあったのだ。拓也は我慢しきれず、それを男に問いかけてみた。
「あ、あのさあ。僕は招待状ってやつを、通りがかりの知らない人からもらって、ここまで来たんだけど。だからこのイベントに参加するのは初めてなんだけど、君もそうなの? あと、部屋に5人集まったら会場へ案内するっていったけど、参加者はその5人だけなのかな? もっと大勢いるのかな??」
さっきは一応敬語を使っていたが、男の方が「タメ口」で話してくるなら、自分もそれでいいと拓也は判断した。見た感じ歳はそんなに離れていなさそうだし、同じゲームの参加者なら、気兼ねすることもないだろうと。そして男の方は矢継ぎ早に質問を浴びせかけられ、ジロリと目を見開いて驚きの表情を醸し出し、それからまた「はあ」とため息をついた。
「……僕も参加するのは、これが初めてだよ。だからさっき言ったように、これから先のことはわからない。でも、参加者は5人だけじゃないと思う。僕が入った時に、このベンチが暖かかった。つまり、前にいた人のぬくもりがまだ残ってたんだ。ということは、僕らの前にもここで待機してた人がいるってことになる。それも、多分5人ね。そうなるとイベントの参加人数は少なくても10人、だけどもっと多い可能性の方が大きいと思う。
あと招待状に関しては、僕も同じだ。知らない人からいきなり手渡され、部屋に戻ってじっくりと内容を吟味したあと、書類にサインしてここまで来た。それは君も同じだよね?」
先ほどと同じような早口ではあったが、それでも拓也にとって貴重な情報だった。参加者は大勢いて、自分と同じように招待状をもらってここまで来たのだと。それはほんの少しだけ拓也の不安を和らげてくれたが、肝心の「この先」に関しては、まだまだわからないことだらけだった。
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