イベント待機所(2)


「あと3人ここに来るから、説明はその時にまとめてしようと思ってたんだけどね。何度も同じこと話すのは、面倒くさいからさ。君の質問に答えてあげた代わりに、次の人が来たら君が説明してくれるかな?」


 小太りの男の言い分に、ずいぶん自分勝手だなと思いつつ。確かに1人来るごとに説明するのは面倒だし、自分も次に来た奴に「次は君が説明して」と言えばいいかなと考え、その提案を了承した。


 それから拓也は胸のプレートを片手で少し持ち上げ、「俺の名前は、タクヤ。宜しく」と、改めて自己紹介をした。小太りの男は、ここも仕方なくといった感じで自分の胸をチラリと見せ、「僕はアタル。宜しく」と言うと、腕組みをして壁に寄りかかり、プレートを隠す体勢になってしまった。


 ……こいつの名前はアタル、か。どういう漢字を書くんだろうな。まあそこまで聞く必要はないし、聞いたら自分のも教えなきゃならなくなるだろうから、ここは名前がわかっただけでもいいか……。拓也は全く打ち解けようとしないアタルの態度に少しイラっとしつつも、そう考えて自分を納得させ、「次の1人」を待つことにした。



 部屋の中には時計がなかったので、正確な時間の経過はわからなかったが、恐らくそれから10数分後、部屋のドアを「かちゃり」と控えめに開ける音が聞こえてきた。



「あの……すいません、失礼します……」


 部屋に入って来たのは、予想に反して若い女性だった。年齢は恐らく、拓也と同じか少し上で、20代前半か中盤くらいに見えた。髪は黒く、肩よりも少し長いくらいのストレートだ。化粧っけがない割に、幼いというか可愛らしい顔つきをしてはいたが。左右の目をキョロキョロと動かす様子は、神経質というか、何かに怯えているようにも感じられた。


「ああ、どうぞ。良かったら、そこに座って?」


 入って来たのが男だったら、アタルと同じように用件だけを手短に話そうと思っていたが。若い女子となれば話は別だ。これから何かのイベントが始める時に、女子と仲良くなっておいて損はないだろう。拓也はアタルの方に少し身を寄せ、その女子が座るためのスペースを手でかざして見せた。


「あ、はい。ありがとうございます」


 黒髪の女子は尚もキョロキョロと辺りを見回しながら、ベンチに腰を落ち着けた。そんなにキョロキョロしたって、この部屋の中に見るべきものは何もないだろうにな……それとも、いつもこんな風なのかな? 町中でこんな風にしていたら、挙動不審に思われそうな女子の態度に、いささか躊躇いつつも。拓也は自分の方から、「これからのこと」について説明してあげた。



「……というわけで、あと2人この部屋に集まったら、改めてイベント会場に案内されるらしい。それからのことは僕にも、僕より前に来てた彼(そう言いながら拓也は、腕組みをしたまま黙り込んでいる、アタルの方をチラっと見た)にもわからない。まあ招待状に書かれてたみたいに、何かしらのゲームをやらされるんだろうけどね。どんなゲームだとか、どんな段取りになるかとか。そういったことは全部、5人集まってからだね」


 女子は拓也の説明を聞きながら、「はい、はい。ありがとうございます」と、小刻みに頭を下げながらお礼を言っていた。拓也の方は、そこまでお礼を言われるほどのことでもないけどなあと思ったが、たぶん普段からこうやって会社の先輩なんかにペコペコ頭下げてるんだろうなと、女子の日常のことを想像していた。


「僕が説明できるのはここまでだけど、だいたいわかったかな? そうそう、僕の名前はタクヤ。彼はアタル。宜しくね?」


 拓也はそう言って、女子に片手を差し出した。それは普通の挨拶として、女子と握手をするつもりだったのだが。もちろん「女子の手に触れたい」というよこしまな思いも少しはあり、それを気付かれたのかどうかはわからないが、女子はその手をじっと見つめ、「あの、はい。私は……ミヤコ、です。どうぞ宜しく」と、手を出さずに拓也に向かってペコリと頭を下げた。



「ああ、ミヤコさんね。こちらこそ宜しく」

 拓也は差し出したまま宙ぶらりんになった手を、ゆっくりと戻して頭をポリポリとかき、なんとか気まずさを誤魔化そうとした。横にいるアタルは、何もなかったかのように黙り込んでいる。


 ……こいつも入って来のが女子だとわかった時には、少しも「はっ」としたような顔になっていたくせにな。興味のないフリをしてるが、恐らく内心はドキドキなんだろう。さっきの喋り方も早口でオタクっぽかったし、まともに女子と話したことがないんじゃないか? 


 まあアタルのことはいいとして、この女子の名前はミヤコ、か。こっちもどんな字を書くんだろうな、「美也子」とかが一般的かな? 一文字で「都」だったらカッコいいな。イベントの最中に、それとなく聞いてみるかな……。



 拓也にしてみると、ここに来るまでは考えてもいなかったが。どうせイベントに参加して、同じ年ごろの女子もいるんなら。仲良くならなきゃ損だよなと、ミヤコに握手を断られたことは顧みず、なんとか仲良くなる「きっかけ」を掴めないかと、いつの間にかそればかりを考え始めていた。


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