アタル(2)
充はゲームの課金画面で父親のカードを使い、ドキドキと胸を高鳴らせながら、かなりのポイントを購入した。これで新規に始まったイベントで提供されるレアキャラやアイテムのガチャを、思う存分引くことができる。そのあと充はカードをそっと父親の財布に戻し、素知らぬ顔でゲームを再開した。
こうして有り余る時間を用いて熟練度が上がっているうえに、レアなキャラやアイテムを使用することも可能になった充のランキングは、みるみるうちに上昇していった。ある時ゲームに関する掲示板を覗いてみると、充のハンドルネームが話題にあがり、「こいつは注目株だな」「ヤベぇ奴かもしれないぞ」と噂になっていることに気付いた。
ゲームの中の創作二次元キャラにプログラミングで話しかけられるのでなく、こうして間違いなく「実在する人間たち」の間で自分のことが話題になるという感覚を、初めて味わった充は。その喜びと快感に、たちまちのうちに虜になった。ゲーム上のハンドルネームとはいえ、間違いなく自分が他人に賞賛されている。しつこいいじめの続く学校生活では決して味わえないその感覚に、充は溺れていった。
そして一度ランキングの上位に名前が載れば、後はいかにしてその地位を維持できるかになってくる。そのためには、定期的に高額のポイントを購入する必要があり、充は週に何度か父親のカードを使うようになった。最初は緊張して手が震えていたのだが、繰り返すうちになぜかそれが当たり前のことだと思うようにまでなっていた。こうして充は遂に、ゲーム内ランキングでトップの順位にまで昇りつめた。掲示板では「すげぇ、トップになったよ」「こいつ、マジでできる奴だな」など、これまで以上に充を称賛する声があがり、それに反してやっかみのような批判も少しはあったが、その喜びに充は全身が打ち震えんばかりに感激していた。
しかしやはりというか当然というか、そんな生活に破綻が訪れる。父親が、いわゆる「身に覚えのないカードの高額請求」に驚き、これはもしかしたらと母親と共に充を問い詰め。充の言い訳が通用するはずもなく、キツい説教を食らった上に、しばらくの間小遣いも減額されることになった。その結果これも当然ながら、充のランキングはガクンと降下することになった。
そして恐る恐る掲示板を見てみると、それまでの急上昇っぷりが鼻についていたのかもしれない。充を称賛していたはずの掲示板の人々は、一気に充を叩き始めた。「なんだよ、ただのマグレだったのかよ」「まあ、新参者がたまたまラッキーで1位になっただけだったな」などなど、充がいくら「違う、そうじゃない。そうじゃないんだ!」と掲示板の画面を見ながら否定したところで、その「評価」が覆るはずもなかった。
こうしてまだ小学生のうちに、ゲーム内での「栄光と挫折」を味わっていた充は、中学や高校に進学しても、一年の半分近くが不登校という生活を送り。そのまままともな就職ができずに自室に閉じ籠る、「ニート生活」を始めることになった。それでも、親にせっつかれて渋々単発の派遣仕事などに出かけ(その派遣先でもまた、学校生活のような「酷いいじめ」に遭うことになったのだが)、それなりの収入がないことはなかったので、自分名義のクレジットカートを持つことが出来た。
これで親のカードを使うことなく、思い切り課金が出来る。充は10代の頃に味わった挫折を取り戻すかのように、これまで以上にゲームに熱中し始めた。課金が出来るようになれば、怖いものはない。充は新しいハンドルネームで、次々に美少女ゲームなどを攻略し、その名前は再びネット上で話題になり始めた。
この「再びの栄冠」に、充は初めて「生きていてよかった」という心境になれたと言えるかもしれない。自分のように見た目が不細工でなんの取り柄もないような奴でも、こうして賞賛される立場になり得るのだと。しかし、やはりそれは課金という危うい条件下の元で生まれた、「砂上の楼閣」に過ぎなかった。複数のゲームを同時進行し、新しいゲームでも充のハンドルネームは「またこいつがトップになるのか」などと掲示板で期待されるようになり。自身のカードだけでは、課金額が不足するようになったのだ。
そこで充は新規で別のカードを作り、限度額ギリギリまで使い切って課金につぎ込んだ。この時点で、もうほとんど返済が可能な額ではなくなっていたのだが、充はその現実に目を背けるようにゲームに心血を注ぎこんだ。だが、そんな毎日がいつまでも続けられるはずがない。いつしか返済が滞るようになり、自宅に催促の郵便が届き始め。それを親に見つかり、すでに成人していた年齢で、またしても大目玉を食らうハメになった。
しかし、それでも充の「課金中毒」は治らなかった。長きに渡る引きこもり生活で正常な判断力を失っていたのか、他人と触れ合う機会がなかったことで、注意してくれる人がいなかったからなのか。理由はいくらでも挙げられるが、現実問題として、充は多額の借金を背負う泥沼に陥っていた。
自分が唯一認められるゲームの世界にも、別れを告げなければならないのか。そうなったら自分の生きる意味って、いったいなんなんだ……? そう思い詰めながら、少ない手持ちの金で、スーパーで安売りになった甘いケーキなどを買おうと外へ出た時。見知らぬ人物から、「もし、あなたが金銭的に困っているようでしたら……」と、封筒を手渡された。そう、それが「バトル・スーサイド」への招待状だった。
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