アタル(1)
充はその体型に起因するものとはいえ、スポーツ全般が苦手で、短距離走などで汗をかきながら不格好に走る姿を見て、クラスの女子は隠すこともなくクスクスと笑っていた。かといって勉強の成績がいいというわけでもなく、クラスの中でも中の下というランクにあり、言ってみれば「見かけも含め、なんの取り柄もない小学生」だった。
そしてそんな取り柄のない生徒が「いじめ」の対象になるのも、現代に於ける学校生活では「よくあること」と言えた。休み時間だけでなく授業中も、後ろの席からシャープペンの先などで、肉々しい体をツンツンと突かれ。「どれだけ突けば破裂するかな、もっと食わせないとダメかな?」などとからかわれるのは全然ましな方で。
ペンケースや弁当箱など、充が「失くしてはいけないもの」を奪い取り、数人で囲んで充が必死に取り返そうとするのを見て笑ったり。そのあげく、3階の窓から弁当箱を「ひょいっ」と投げ捨て、地面に落ちて中身が飛び出した弁当を見つめて悲しそうな顔になる充を見て、更に大笑いといった「いじめイベント」が、毎日のように繰り返されていた。
それゆえに、充が引きこもり体質になったのも、ごく自然の成り行きといえよう。充は授業が終わると同時に真っすぐ家に帰り(外履きやカバンを奪われ、すぐに帰れないこともしばしばではあったが)、部屋に入ると机の上のパソコンに向き合い、そこでようやく「落ち着き」を感じることが出来た。
充は自室に籠り、パソコンでいわゆる「美少女ゲー」をするのが毎日の日課だった。何人かの美少女が登場し、主人公である「自分」と恋仲になるのを目指すありきたりな内容のものを、幾つも幾つも、時間が許す限り次から次へとクリアしていた。放課後や休みの日に、共に遊ぶような友人もいない充には、それだけゲームに没頭する時間が有り余っていたのだ。ケーキやチョコを脇に置いて、指先や口の周りをベトベトにしながら。モニターの中でセクシーなポーズを取り、自分に「好意を持って」話しかけて来る美少女たちに、充は飽きることなく見入っていた。
そして充はゲームに没頭するうちに、これもごく自然に、課金制の「ガチャ」にハマっていく。最初は無課金で数多くのゲームを楽しんでいたが、どう考えてもガチャで引き当てたヒロインやアイテムの方が、「魅力的」なのだ。しかもそういったレアキャラやアイテムは、課金ガチャでしか入手できないのが常識になっている。ならば、よりゲームを楽しむためには、課金していくしかない。充は知らぬうち、この「底なし沼」にハマり始めていた。
もちろん義務教育課程の子供にとっては、課金するといっても限界があった。外に出歩くことがない分(甘いお菓子は買わないわけにはいかなかったが)他の子供に比べ余裕があるとはいえ、月々の小遣いやお年玉などのほとんどをつぎ込んでも、欲しいキャラやアイテムが手に入らないことはザラにあった。そしてゲームのランキング上位には、そんなキャラをまんまとゲットしアイテムを駆使した強者たちのハンドルネームが、ずらりと並んでいた。「自分もそこに、加わらなければ」。充はいつしかそう考え、それは自分にとっての「必須事項」になっていった。
自分がいま使えるお金では、ランキング上位のツワモノには敵わない。他の子供より時間が有り余っている自分にとって、そんなことは「受け入れられない」。そこで充は、ネットの記事であるニュースを見かけ、「おっ?!」と唸った。それは、ゲームにハマった子供が親のカードを使い、多額の課金をするというケースが増え、問題視されているというものだった。「……これだ」充は即座にそう思った。
充の親は共働きで、母親は夕方過ぎからスーパーなどのパートに出かけることが多く、父親は残業なのか飲みに行っているのか、夜遅くまで家に帰って来ない。充はいつも母親が作っていった夕食をレンジでチンして、1人きりで夕食を食べるという生活を続けていた。それが充の引きこもり生活を推し進める結果になっていたことは、言うまでもない。
充は慎重に策を練り、ある夜父親がほろ酔い気分で帰って来たあと、キッチンで冷蔵庫から何か出そうとして、そのままイスで眠りこけてしまったのを確認し、忍び足でその傍らに近寄った。父親はいい按配で酔って帰ってきた後、こうしてキッチンで寝てしまうことが多く、その後にパートを終えた母親が父親を揺り起こすという場面を何度か目撃していた。……狙うならその時、母親が帰ってくる前だ。充は父親のバックから財布を取り出し、クレジットカードを抜き取ると、急いで自室へと戻った。
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