ダイスケ(3)


 それから男は「じゃあ、またこちらから連絡する。金は今日中に振り込まれるから」と大輔に告げ、住宅地を少し歩いたところで別れることになった。恐らくこのあと銀行に行って、あの老婆のカードで金を降ろし。それを何人かの「受け子」が引き継いで、主犯のところへ届けるんだろうな……。大輔は男の見事な手口に感心する一方、「これなら、俺にも出来そうだな」と、密かな手応えを感じ始めていた。



 その後も大輔はこの男だけでなく、他の「騙し役」とも組みながら、時には役所の職員を装い、時には訪ねていった老人の「孫の友人」のフリをして、金を巻き上げる特殊詐欺を繰り返し、その巧妙な手口を学んでいった。 


 そしてある日、大輔は満を持して、遂に「自分でやる」ことを決意する。とはいえ、1人きりでやるのは余りにリスクが大きい。ここは何人かの「仲間」が必要だ。そう考えた大輔は、自分をこの「仕事」に誘ってくれた知り合い――田村という同世代の青年に、久し振りに連絡を取り。2人が信頼出来て口の堅そうな友人や後輩などを募り、まずは6名ほどのグループを作り上げた。田村は自分が誘った詐欺グループで、大輔のような「出世」が出来ずにモヤモヤしていたところだったので、「独立して自分たちで稼ぐ」という案に二つ返事で同意した。


 それから大輔はこれまでの経験を生かして作戦を練り、いかに金を騙し取るかを考え抜いた。昔から大輔はこうした「作戦を練る」ことが得意で、それを可能にする知能指数も高かったのだが、学校の勉強にはとんと興味が湧かなかった。小学校高学年の段階で、「授業で教わるべきことは何もない」と考えるような、マセた上に「醒めた子供」だった。それからネットで推理小説や冒険小説などを読み耽り、実行することのない「完全犯罪」などを頭の中に描いては、1人で悦に浸っていた。今回、特殊詐欺の「オリジナル作戦」を考案することになったのは、ある意味大輔の、子供の頃からの夢が叶ったようなものでもあったのだ。



 グループ内には自分がお手本にしたあの男のような、30代以上の「大人」がいないため、それなりの手段を取らなければならない。若い年代なら最もやりやすいのは、老人の孫などに成りすます「オレオレ詐欺」だが、さすがにこの手はメジャー過ぎて警察や自治体も注意喚起を行っており、警戒されている恐れがある。そこで思い付いたのが、ボランティアのグループを装うという手口だった。


 若者が恵まれない子供たちや障害を持った人々の施設を廻り、歌を歌ったりゲームをしたりなどのサービスをしているという設定のもと、その「資金」を調達するという方法だった。名目上はボランティアなので、自分たちの懐に入る金ではない。あくまで交通費とか、ゲームに使う玩具や景品など、そういったものを買うための資金なのだと。


 ただ、金髪の大輔は「ボランティアの青年」としては見栄えがどうなのかと自分でも思っていたので、この作戦では指示役に徹することにした。後は「受け子」の経験がある田村を指導し、純朴なフリをしてお年寄りを騙せばいい。こういう「美談」は高年齢層の受けがいいし、そういうことならと気前よく金を提供してくれる可能性は高いと踏んだのだ。 


 そしてこのボランティア作戦は、予想以上に上手く行った。大輔は電話やLINEを駆使して指示を送りながら、訪れた老人たちが互いに知りあいでないかどうかなどの情報も仕入れつつ、次々に成果を上げていった。こちらの活動が忙しく、また間違いなく「いい金になる」ので、例の詐欺グループからも仕事の何度か誘いがあったが、「ちょっとヤボ用で」なとと言って断り続けていた。巻き上げた金の数%しか貰えない詐欺グループに比べ、こっちは全額「自分たちの利益」になるのだ。どちらを優先するかと言えば、答えは火を見るより明らかだ。


 こうして大輔たちは稼いだ金で豪遊したり、高価な腕時計や服を買い込んだりなど、贅沢な生活に溺れ始めた。しかしそれだけ贅沢をしても、女子を誘って奢るくらいの金が余裕で残っていた。当初6名だったグループの人数は次第に増え、いまや20名前後の若者が出入りするほどの大所帯になったが、参加した者たち全員が受け取った報酬に満足できるだけの稼ぎが、十分にあった。まさにこの時大輔は、「この世の春」を満喫していたと言えよう。



 そしてその日も大輔は女子を数人誘い、夜中過ぎまで飲み歩いたあと。いい気分で夜風を感じながら、家まで帰ろうとした時。もうそこの角を曲がれば我が家というところで、いきなり「よう、久し振りだな」と声をかけられた。


「あ……どうも。お久し振りです」


 声をかけて来たのは他でもない、あの「ハンチング帽を被った、その筋のプロと思われる男」だった。しかし大輔は、この男と仕事上では何度も行動を共にしていたものの、こうしてプライベートの時間に顔を合わせるのは初めてだった。しかもこんな夜中に家のすぐ近くでなど、どういうことなのかと。何か嫌な予感を感じた大輔は、挨拶をしてそのまま男の前を通り過ぎようとしたが。そこで男は「まあ、待ちなよ」と大輔の肩に手をかけ、半ば強引に自分の方を振り向かせた。


「そう、つっけんどんな態度を取りなさんな。ほら、田村もお前に会いたがってるからさ」


 そう言って男は、持っていたスマホの画面を大輔に見せた。そこに映し出された画像を見た瞬間、大輔は「うっ」と低く唸った。そこには、どこかの倉庫らしき場所に監禁され、手足を手錠で固定された、田村の姿があったのだ。


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