ダイスケ(2)


 その後も大輔は同じような仕事を、週いちか週二くらいのペースで続けていたが。そのうちに、「これはいわゆる、”特殊詐欺”ってやつじゃないか」と勘づき始めた。金の受け渡しをする相手と初対面なのは、受け渡しを担う誰かが捕まっても、他の相手を「知らない人、初めて会った人」だと言い切ることが出来るからではないか。詐欺を計画している大元からすれば、自分のところまで捜査の手が及ぶことを、一番避けたいはずだから。


 恐らく自分に金を渡しているのも、自分と同じく「参加して間もない奴」なのだろうと、なんとなく想像がついた。「何をしているか」は一切知らされず、金の受け渡しにだけ専念させる。間にそういった詳細を知らない者を何人か挟むことで、金を騙し取った者」と「詐欺の主犯」との、直接の結びつきを出来る限り薄めているのだ。


 そして「初仕事」から見事にその役割を成し遂げた大輔は、仕事を始めてから2カ月後、金を渡した相手から「もう少し稼いでみないか?」と誘われる。どうやらこいつは「主犯」に近い奴らしいなとすぐに察しがついた大輔は、「稼げるんなら、やってみたいですね」とその誘いを二つ返事で承諾した。



 次の仕事は「単独」ではなく、もう1人の男と共に行うことになった。すでにこの時点で、大輔への仕事はバイトを紹介した専門学校の知人を介してではなく、大輔に直接連絡が来るようになっていた。それだけ大輔への「信頼度」が上がっていたのだろう。


 仕事の相方は30過ぎくらいの男で、ひさしの部分が短い「ハンチング帽」を被っていたが、大輔の金髪を見て「お前が被った方がいいな」と、その帽子を貸してくれた。サイズ的には少し緩かったが、そのおかげで金色に染まった短髪は十分に隠すことが出来た。


「いいか、俺がやるのを後ろで見ているだけでいい。驚いたりキョドったりせず、ごく普通にしてればいいからな。たまに俺が振り向いて、『なあ?』とか問いかけることもあると思うが、そん時は単純に『はい』とか『そうですね』とかだけ答えとけば、それでいい。まあ聞いた話によると、お前さんはそういうのが得意だそうだから、大丈夫だとは思うが」


 男からの注意点はそれだけで、大輔は「はい、わかりました」と素直に返事をした。……見ているだけではなく、「何をするか」を目に焼き付けておいた方が、後々のためにもいいだろうな。話し方や言葉遣い、金を要求するタイミングまで。ここはすぐ近くで「勉強」させてもらいますよ……!


 大輔が男と向かった先は、住宅地にある一軒家で、平日の昼間とあって人通りも少なく、特に誰かに怪しまれる可能性も少ないと思われた。そして男は目星をつけていたらしい民家の前に立ち、呼び鈴を押すと。中から、「はい、どなたさま?」と、年老いた女性の声が聞こえてきた。


「突然すいません、先ほど電話した者です。あなたの銀行口座の件で、お伺いしました」


 男は淀みなくそう答え、声の主と思われる老婆が「ああ、それはご苦労様です」と玄関を開け、疑うことなく男と大輔を家の三和土に招き入れた。恐らく事前に、男の仲間が何かしらの電話をこの老婆にかけているのだろう。男の口からサラリと出た自然な口調に、大輔は「さすがだな」と感心しつつ、その後の言動にも更に注目することにした。



「先ほどお話させて頂きましたが、あなたの銀行口座が犯罪に利用されている可能性があります。最近のこういった詐欺の手口は巧妙で、あなたが銀行でお金を降ろしている時に、背後から密かに暗証番号を盗み見ていたのかもしれません。暗証番号さえわかれば、カードがなくても窓口で金を受け取ることが可能になりますからね」


 男は丁寧な口調で、なおかつ少しだけ早口で、そこまでをほぼひと息で言い切った。……相手に疑う隙を与えない、なかなか上手い語りかけだな。冷静に考えれば、暗唱番号だけで金を降ろせるはずがないと気付きそうなものだけどな。いきなり警察かどこかから電話が来て、それらしい人がやって来て、何が起きたかの事情を早口でまくしたてる。うん、こいつの言う通り「実に巧妙」だ。


 大輔がそう感心するくらい、老婆は男にまんまと騙され、「あら、そうですか。それは大変なことに……ご迷惑をおかけてしてしまって」と、こちらに謝罪すらしそうな勢いだった。


 そしてここも男は巧みに、「いえいえ、あなたは謝るようなことは、何もしていません。向こうがその筋のプロだっただけで、たまたま巻き込まれた『被害者』に過ぎませんから。幸い、お金を引き出されたりということはありませんでした」と老婆を労い、そこから「本題」を切り出した。


「ただ、今後の被害を防ぐためにも、一度カードをお預かりさせて頂ければと思います。あと、盗み取られた暗証番号も確認しておきたいので、出来れば教えて頂けると有難いのですが」


 実にスムーズに、ごく自然に本題を切り出したので、大輔は思わず「ひゅう~~」と口笛を吹きたい気分だった。……やるねえ、このおじさん。あんた間違いなく、「その筋のプロ」だよ……!



 そして老婆は「すいません、すいません。色々お手数をおかけして」と謝りながら、銀色の財布からキャッシュカードを取り出し、男に預けると。ご丁寧に小さなメモ用紙に暗唱番号を書いて、「宜しくお願いします」と手渡してくれた。


「それじゃあ、明日またご連絡します。それまでお待ちください」


 男は老婆に礼を言うと、玄関を出たところで「してやったり」と言わんばかりに、「ニヤリ」と大輔に微笑んだ。


 

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