ダイスケ(1)

「ああ、もしもし? 俺だ、指示通りにやってくれ。今後こちらから電話はしない、終わったらLINEをくれ。頼むぞ」


 鎌田かまた大輔だいすけはそう言って、「受け子」との通話を終えた。後はそいつからLINEが来るのを待つだけだ。大輔は駅前にある喫煙所の狭いボックスまで歩くと、赤いLARKの箱を取り出し、「ふう~~……」と白い煙を吐き出した。



 大輔は高校を卒業してから理容系の専門学校に進学したが、もともとそちらの職業に興味があるわけではなく、「卒業したあとはフラフラせず、何か手に職でも付けておいた方がいいぞ」という、父親からの指示に従っただけだった。高校時代も真面目に授業を受けた覚えはほとんどない。ギリギリの出席日数でお情けで卒業させてもらったようなものだし、その数少ない出席した授業でも、たいていは机に突っ伏して鼾をかいていた。


 そんな高校生活を見かねて父親が大輔に「アドバイス」をしたわけだが、大輔にしてみれば言うことを聞いておけば後々楽になるという「打算」があった。それに、専門学校に行くという隠れ蓑を使えば、昼間から好きな所へ遊びに行ける。とはいえ全く通わなかったわけではないが、専門学校に入って得したことと言えば、自身の短髪を綺麗に金色に染める技術を身に付けたことくらいだった。


 20歳になってもそんなフラフラした生活を続けている若者には、当然「それなり」の者たちが声をかけてくるものだ。ある日大輔は専門学校で知り合った奴から、「ちょっと、割のいいバイトをしてみないか?」と誘われることになる。いかにも胡散臭い感じはしたが、胡散臭いだけに「本当に割がいい」のではないかと、ここも大輔の打算を嗅ぎ取る嗅覚がいかんなく発揮された。


 そして紹介されたのは、ある人物から受け取った金を、また別の人物に届けるという、内容だけ聞けば至って簡単な「仕事」だった。大輔は怪しいと思いつつもこの仕事を承諾し、何か裏があるに違いないと考え、その「裏」を探ってみることにした。


 指定された場所で「ある人物」が来るのを待ち、金を受け取ったあとはまた指定された場所まで行く。注意されたのは、「金を受け取るのではなく、あくまで待ち合わせをしているように振舞うこと。金は裸では渡さず、銀行の封筒なども用いず。タバコの箱などに入れて、それとわからぬように渡すこと」という点で、これも特に難しいとは思わなかった。更に、金をもらう相手も渡す相手も当日初対面で、それ以降も一緒に仕事をすることはまずないが、「親しい間柄」のように話すこと。これも、両親や教師などに対しても「相手に合わせて、調子のいい話をでっちあげる」ことが得意だった大輔にとっては、ほとんど苦にならない注意点だった。



 そして「仕事」の当日、駅前から少し離れた交差点で待っていた大輔は、何かキョロキョロとした目付きで自分の方に近付いて来る、同年代くらいの若者に気が付いた。……あくまで待ち合わせのように振舞うこと、って言われてたのに。あれじゃいかにも怪しいことしてるみたいじゃねーか、使えねえ奴だなあ……。


 大輔はそう思いながら、自分のすぐ手前まで来たそいつに、「待ってたぜ」と言わんばかりに「よう」と挨拶をした。そいつは金髪の大輔を見て一瞬「ビクッ!」っとなったが、「や、やあ」と気を取り直したように、こわばった笑顔を見せた。


「ずいぶん待たせやがって、もう少しして来なかったら、帰ってたかもしれねーぞ?」


 大輔はそいつにそう言いながら、肩をポンと叩き。その流れで、「あ、そうだ。煙草ある? お前を待つ間に吸いきっちゃってさ」と、「金を入れた煙草を受け渡すのに、都合のいい会話」を切り出した。しかしそいつは「なんのことか」とキョトンとした顔をして、それからやっと気が付いたように「あ、ああ。申し訳ない。良かったら吸ってよ」と、上着のポケットから煙草の箱を取り出すと、大輔の前に差し出した。


 ……いや、そうじゃねえだろ。ほんとに俺に煙草を勧めてどーすんだよ。ここは「済まなかった、良かったら箱ごとあげるよ」だろーが……。


 大輔はカンの鈍い相手に少し「イラッ」としつつも、自分の方から「待たせたお詫びに、その箱ごとくれたりすると嬉しいんだけどなあ」と、「ニヤリ」と笑ってみせた。そこでそいつも「そういうことか」とようやく理解し、「あ、ああ、ごめんごめん。箱ごと持ってっていいよ」と、大輔に煙草を手渡した。


 大輔は「ありがとよ」と言いながらその煙草をシャツの胸ポケットに入れ、そいつと軽く話しながら交差点を渡り。次の角に差し掛かったところで、「じゃあな」と別れを告げた。そして大輔は金を渡す際にも、持ち前のアドリフを発揮し。「初仕事」を難なく終えることに成功した。その一連のやり取りを聞いたグループの上層部は、大輔を「なかなかできる奴だな」と、徐々に認めるようになっていく。


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