拓也(1)
先日22歳の誕生日を迎えたばかりの青年・須藤拓也は、なんの面白味もなく終わった自分の誕生日を顧みて、1人不貞腐れていた。専門学校を出てから2年あまり、定職に就くこともなく、バイトや派遣の仕事を転々とする毎日。それでもなんとか生活が出来ていることは感謝すべきなのかもしれないが、この先自分はどうなるんだろう、こんな生活がいつまで続くのか、または続けられるのかという不安は、いつも付きまとっていた。
ただ、「なんとか生活が出来ている」とはいえ、その生活費のほとんどは、カードローンなどの借金でまかなっているのが現実だった。今は無職に近いプータローでも、それなりの金額を借入することが出来る。拓也はその現状に甘え、いつの間にか数社のローンを抱える身になっていた。
まずある程度まとまった金が入ったら、一番最初に借りたローン会社に返済する。返済額は2万円。すでに限度額は使い切っている。しかし2万円返済すれば、その時点でまた新たに、1万円借入することが出来るのだ。この1万円を、次のローン会社の返済に充てる。こちらも限度額は使い切っているが、1万返済すれば5千円の借入が可能。そしてこの5千円を次のローン会社に……と、いわゆる「自転車操業」的な返済を、拓也はここ数か月ずっと続けていた。
当然のことながら、返済してすぐに借入という状態を続けている限り、全額の返済は永遠に終わらない。返済額も下がることはない。利子だけを払い続け、元金は全く変わりない状態なのだ。せめて一番返済額の少ない会社からでも、全額返済を……と思うことはあるのだが、今の自堕落な生活を続けている限り、そんな余裕が生まれるはずもなかった。
そして今日、拓也はいつものように、幾つかの派遣バイトで稼いだ合計の2万円を、最初の借り入れ先に返済した。この2万円さえ稼げれば、なんとか今月も凌げる。この金額になるまではパチンコも我慢し、飲みに行くのも控えなければならない。誕生日が何の面白味もなく終わったというのは、そういう理由もあった。もちろんそれは拓也の完全な自業自得ではあるのだが、「なぜ俺が、こんな目に逢わなくちゃならないんだ」と、何か恨みがましい想いが浮んで来るのを拓也はこらえることが出来なかった。
それでもまあ、今月もこれで……と、次の返済先に回すための、1万円を引き出そうとすると。返済・融資用端末のディスプレイに、「融資限度額を超えています」という表示が出ていることに気付いた。拓也は「えっ」と思い、先ほど返済した時の明細を改めて確かめてみると。いつもは明細の一番下に、融資可能額として1万円と記載されているのだが。今日の明細には「0円」とはっきり明記されていた。
「どういうことですか、これは?!」
拓也はその明細を持って、ローン会社の窓口に駆け付けた。受付の若い女性は、拓也が差し出した明細を見て「少々お待ちください」と、手元のパソコンで拓也の情報を調べ始め。それから、拓也にとって残酷な言葉を告げた。
「……大変申し訳ありませんが、当社規定により、お客様へのご融資はできかねる状態になっております」
「当社規定って、先月までは借りられたのに! なんで急に?!」と拓也は粘ってみたが、女性は「申し訳ありませんが……」と繰り返し、ローン会社の規約を読み上げた。規約によると、借入者の状況により、融資を制限することがあり。それは「借入者に、事前に告知することなく」可能である、となっていた。つまり今日の拓也のように、今まで通りに借りられると思って来てみたら、知らないうちに借りれなくなっていたという状況が十分あり得るということなのだ。
「そんな、馬鹿な……! 俺は、俺はどうすればいいんですか?!」
拓也にとってそれは、窓口で頭を抱え、思わず泣き言を漏らすほどのショックだった。ここで1万円借り入れ出来なかったら、次のローン会社に回す金がなくなる。つまり、また新たに1万稼がなきゃならないってことだ。現在常勤でやっているバイトの金が入るのは、2週間後だ。単発の派遣を幾つかこなして間に合わせるしかないが、今日明日のうちに派遣先が見つからなかったら、他のサラ金に返済する金がない……!
拓也はどうにかならないかと受付の女性に泣きついたが、店長と思われる男が奥から出て来て、「お引き取り下さい、さもないと警備を呼びますよ」と、強い口調で言われてしまった。半ば茫然としながらサラ金の会社が入ってるビルを出た拓也は、こんなことをしている場合じゃないと気付き、急いでアパートの部屋に帰り。スマホで明日か明後日に入れる、単発の派遣先を夢中で探し始めた。すでに時間は夕方過ぎで、まだ募集している会社は多くない。拓也は一縷の望みを賭けて、幾つかの派遣先にメールを送った。
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