拓也(2)
拓也の願いも虚しく、メールを送った派遣先から帰って来た返事は、「すでに受付人数に達しました」「この募集は終了しております」などの、冷徹かつ無常過ぎるものばかりだった。この派遣先に「なんとかなりませんか」と粘ったところで、どうにかなるものではないことは十分にわかっている。それなら明後日の派遣を探すしかないが、その日は午後から常勤のバイトが入っている。つまり、明日の夜勤か明後日の朝早くからの仕事かを探すしかないのだ。
常勤で入っているバイトは居酒屋風のカフェで、ランチタイムにカフェの営業を始め、夕方からは居酒屋になる店舗だ。拓也のシフトはカフェの営業が終わった午後3時から、居酒屋の営業が終了する午前0時まで。居酒屋を終えた後に行ける夜勤はほとんどないだろう。となると、明日の夕方以降に始まる仕事か、明後日の早朝の仕事を当たってみるしかない。
正直、居酒屋のバイト前に他の仕事をするというのはかなりハードで、以前も金銭的に切迫した際に何度かやったことがあるが、夜の10時くらいになると頭がぼーっとして集中力が途切れ、客の注文や厨房に通すオーダーを間違えることが度々あった。その度に店長から呼び出しを食い、「いつ辞めてもらってもかまわないんだぞ、こっちは」と苦み走った表情で告げられていた。
しかしなんだかんだと言って、現在やっている唯一の常勤バイトであるこの仕事が、拓也の生活の生命線になっていることは間違いない。これでクビになったら、また新しくバイト先を探さなければならない。なんの資格もなくバイトを転々としている拓也の履歴書を見て、雇ってくれるところは月日の経過と共に少なくなっていた。だが、今の状況は本当に「急を要する」状態だ。まだ返済していないサラ金の返済期限は、明後日なのだから。多少居酒屋のバイトに支障が出るとしても、夜勤か早朝の仕事で間に合わせなくては……!
拓也は再び幾つかの派遣先にメールを入れ、何件目かの仕事で、ようやく「OK」の返事が来た。朝の6時から昼の12時まで、トラックから荷物の積み下ろしをする仕事。この手の仕事は「簡単な軽作業」と謳われていることが多いが、実際に行ってみると、慣れていないと足腰にガタがくるような「重労働」ばかりだった。おまけにこういった作業の現場では、指示役の社員から容赦ない罵声が飛んでくることが定石になっている。
初めて行った仕事先で手順やノウハウもまだよくわかっていないのに、「ノロノロすんな!」「お前がやるんだよ、そこは!」など、重労働に耐えている体に絶え間なく罵声が降り注いでくる。まあ怒鳴り散らしてる社員にしてみれば、派遣で来た奴らを上手く使ってその日のノルマをこなさなければ自分の責任になるのだろうから、厳しい「指導」をしなくてはならないのが当たり前かもしれないが。それでも、体力面を削られた上に精神面まで鞭打たれる現場が、相当にキツかったのは疑いようのない事実だ。
だがここは、そんな贅沢を言ってられる状況ではない。拓也は翌日の朝、もう一度「今から入れる仕事」を検索してみたものの、そんなに都合よく空きが出ているはずもなく。金銭的に切羽詰まっているのに、今日一日は「何もすることがない」という、虚しさだけが募る時間を過ごすことになった。少しだけ、実家に電話して金を借りようかという考えが頭をよぎったが、それはあくまで「最終手段」だ。定職に就かずフラフラしているのを毎日ガミガミ言われたらたまらないと思い、両親の反対を押し切って1人暮らしを始めた手前、おいそれと金の無心など出来るわけがない。
ただ、一か八か、残り少ない手持ちの金をパチンコで増やそう! などという馬鹿げた考えを起さず我慢していられたのは、拓也にも一応は成長の跡が見られると言えるかもしれない。以前それで本当に一文無しに近い状態になり、バイト代が入るまでの3日間、買い置きしてあったカップラーメン数個で凌いだというとてつもなく痛い目に遭っていたので、「二度とあんな思いはしたくない」と、さすがの拓也も学習していたのだ。
そうこうしているうち、有効な解決策など何も思い付かないまま一日は過ぎ去っていき、拓也は翌朝の5時にスマホのアラームをセットして、日付が変わる前に万年床の薄っぺらい布団に潜り込んだ。明日は5時に起きたらそこから丸一日働きゃなきゃならない、少しでも体を休めておかなくては……その一心で、ともすれば不安にかられそうになる胸の内を押さえ込み、早く寝ようと試みたものの。やはり、そうそう安眠出来るものではなかった。
目を閉じると、悪い想像ばかりが頭の中に浮んでくる。早朝からの仕事に寝坊しやしないか、ちゃんと行けてもヘマをして罵られるんじゃないか、無理をしてケガとかしないだろうか。その仕事を終えても、午後からのバイトでまたヘマをするんじゃないか、そして今度こそクビを宣告されるんじゃないか……そんな堂々巡りの悪循環が、頭の中でぐるぐると渦巻いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます