拓也(3)


 翌朝、拓也はアラームの音で「がばっ」と飛び起き、まずは早朝の仕事に出かけることにした。昨夜はほとんど眠れず、やっとウトウトしかけたところで起こされたような感じだが、とりあえず仕事に間に合ったことは幸運だと思うしかない。やっと日が登りかけたくらいの薄暗さの中、拓也は駅への道を急いだ。


 そして派遣の現場で「積み下ろし作業」の仕事が始まったのだが、これが想像以上にヘビーだった。トラックに積まれた荷物はどれも、引っ越しの際に移動するような家具や大き目のバッグなど、ひとつだけでも相当の重量を持つものばかりで、これは指導役の社員も予想外だったのか、荷台の扉が開いた途端「げっ」という声を漏らしていた。


 予想外だろうがなんだろうが、積んである荷物は速やかに降ろすしかない。いつもは指導するだけで作業の行程を見守ることが多い社員も自ら手伝い、10数名の派遣バイトたちは汗だくになりながら、力を合わせてヘビー級の荷物を運び続けた。



 わずかな休憩を挟んで、ようやく悪夢のような6時間が過ぎ、バイトたちは「いやあ~~、今日は参った」「このバイトは何度か来たことがあるけど、今日が過去イチのシンドさだったよ」と口々に言い合いながら、現場を後にした。拓也も、もう二度とこの仕事は応募しないようにしようと固く心に誓い、疲れ切った体でどうにかアパートへと帰り付いた。


 今回の支給は現場で手渡しではなく、当日の夕方指定した振込先に入ることになっている。この「当日支給」も、今の状況下で応募するにあたっての大事な条件だった。何せ、今日お金をもらえなければ、返済が出来ないのだから。出来れば現場で支給がベストだったが、そういう条件のいい派遣先から応募枠が埋まってしまうのは当然のことだ。むしろ振り込みの支給でも、おとついの夕方過ぎという直前に近い時間に応募出来たことはラッキーだったと言えるかもしれない。


 拓也は軽くシャワーを浴びると、食欲の湧かない胃の中に無理やり飯をかっこみ、常勤バイト先である居酒屋風カフェに向かった。仕事が始まるのは午後3時で、早朝バイトの振り込みが入るのはその後になるが、5時過ぎにある最初の休憩時間に外出して、返済に行けばいい。すでにカフェの場所と返済する端末がある場所とを確認し、休憩時間内に十分行き来出来る距離であることを把握していた。


 早朝からヘビーな仕事をした上で、休憩なしで夕方から居酒屋タイムのバイトに臨むのは、かつてないほどにシンドいだろうなとわかってはいたが、背に腹は代えられない。拓也は「ふう」と深いため息をつきながら、カフェへの道をトボトボと歩き始めた。



 そしてカフェでの仕事が始まろうかという時、拓也は店長から「衝撃の事実」を知らされることになる。


「実は昨日の夜、急遽団体の予約が入ってな。今日は6時から、30名の大人数を相手にすることになる。だからランチタイムが終わったら、すぐに準備に取りかからなきゃならない。いつもは5時頃から交代で休憩を取るが、6時以降に料理と飲み物を出し終えたあと、時間を見て休憩を取って欲しい。追加注文があるかもしれないから、いつものようにゆっくりとは取れないかもしれないが。俺も急遽の予約で、今日は朝からずっと仕込みをしていたんだ。お前らも今日一日は、頑張ってくれ」



 休憩は、6時より後に、交代で……?!


 いや、団体客が来るのが6時だったら、料理を出し終えるのは7時過ぎになる可能性もある。そんなことをしていたら、返済に行く時間がなくなってしまう。今日行けなかったら、返済の遅延と見なされ、昨日の会社のように今後の融資をしてくれなくなるかも……?


 複数のサラ金を自転車操業で返済している拓也にとって、融資がなくなる会社がひとつだけでも相当にキツいのに、更に増えたらもうピンチどころの騒ぎではない。拓也は必死に「なんとかならないか」と店長に申し立てをしたが、もともと「いつ辞めてもらってもかまわない」と言われている身だけあって、店長の返事は辛辣そのものだった。


「用事があるから、準備の時間に外出したいって? いいとも、好きな時間に出て行けばい。その代わり、戻って来てもお前の仕事はないからな。店を出た瞬間に、お前はクビだ」



 まさに「究極の選択」を突きつけられた気分だった。時間前に返済に行けば、遅延しなくて済む。だがそれと同時に、今やっている唯一の常勤バイトを失うことになる……!


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