拓也(4)


 突きつけられた究極の選択を前に、拓也はしばし茫然としつつも、どうすべきかを必死に考えた。


 常勤バイトがなくなっても、またどこかで雇ってもらえる可能性はある。自分の現状を顧みるに、それが限りなく絶望的に近い確率であろうとも。しかし今日返済できなければ、遅延は確実だ。他の会社で融資を止められた自分が遅延などしたら、相乗効果でどこもかしこも融資をしてくれなくなる可能性だってある。


 ならばここはやはり、例えクビを宣告されるとしても、返済する方を優先するしかない……!

 

 それが、拓也が下した決断だった。

「わかりました。そういうことでしたら、辞めさせてもらいます。お世話になりました」

 拓也は店長に、キッパリとそう宣言したあと。「あの~、でも、今日までのバイト代は貰えるんですよね……?」と、すがるような目付きで質問をし。それは間違いないという返答を聞けたところで、そそくさと店を後にした。



 辞めると決めたんなら、もう未練はない。また、常勤で入れるバイトを探すだけだ。履歴書書いて、ネットで仕事探して応募して、面接受けて……。拓也はこれから待ち受ける憂鬱な日々を頭に描き、「はあ」とため息をつきながら、銀行から金を降ろし。次の返済先の端末がある店舗へと向かった。


 とにもかくにも、返済が間に合ったことは事実だ。今日までのバイト代が貰えれば、来月もなんとか凌げる。問題はその後だな、単発派遣を増やすか、短時間でもいいから常勤のバイトを探さなくっちゃな……。


 そんなことを思いつつ、既定の返済金額をキャッシュディスペンサーに入れ。いつものように、再融資のボタンを押すと……そこで拓也は、我が目を疑った。


『融資限度額を超えています』


 まるでデジャブかのように、見覚えのあるその言葉がディスプレイに表示されていたのだ。「嘘だろ、嘘だろおい……?!」拓也は融資・返済用端末のある狭い個室を出て、途方に暮れてしまった。ここは店舗に付随した返済場所ではなく、端末だけが設置されている場所なのだ。借り入れをする時に訪れた最寄りの店舗は違う場所にあり、電車に乗って行かなくてはならない。すでに時刻は夕方過ぎだ。受付に問いただそうにも、閉店するまでに間に合うかどうか。


 とりあえず拓也はスマホで該当店舗の電話番号を調べ、ほとんど泣きそうになりながら電話をしてみた。しかし、誕生日などを答えて本人証明が終わったあとに告げられた言葉は、先の会社と同じだった。「残念ながら、お客様への融資はできかねる……」拓也は無言で、電話を切った。



 暗澹とした気持ちでアパートに帰った拓也は、早朝からの仕事の疲れもあり、布団の上に突っ伏した。本来は、こんなことをしている場合ではない。また、「次の返済先」に回すための金を稼がなければならない。期日は明日だ。今までは滞りなくスムーズに出来ていたことが、一気に状況が変わってしまった。その上、常勤バイトまでクビになったと来ている。


 しかし今は、何もする気が起きなかった。この調子だと、次の返済先も融資してくれないいかもという思いが募り、「ならば、無理に返済しなくてもいいか」などという考えが頭に浮かんで来ていた。最初の返済先から融資してもらえなかったことで、生活資金もほとんど底をついている。何をどうすればいいか、何が一番ベストなのか。いくら考えてもいいアイデアは思い付かなかったし、それよりもう考えることが面倒にすらなって来ていた。




 こうして、自転車操業をしながらも毎月なんとか返済をし、どうにか生活も出来ていた拓也の日常は、借金に追われる日々へと変貌した。結局次の返済先は遅延することになり、矢のような最速の電話がかかってくる。そんな電話に出る余裕もなく、毎日毎日何かしらの派遣で金を稼がなければ、生きていくことさえままならない。


 そして拓也は、その日もキツい肉体労働の派遣仕事を終え、精神的にも肉体的にも披露のピークに達した状態で。アパートへと戻る道すがら、ヨタヨタと歩くお年寄りや、高級そうなバッグを持っているご婦人などとすれ違い、「どうにかしてこいつらの金を盗めないか、後をつけていって、ひと気のないところで……」などと自然と考えている自分に気付き、「はっ」となった。


 ……やべぇ、マジでやべぇよ。「脅すか最悪はブチ殺すかしてでも金を取ろう」とか、本気で考えてたよ……!



 それからも、催促の電話は鳴りやまず、常勤のバイトはやはり見つからず。それだけでなく家賃の支払いや光熱費、スマホ代など、金が出ていくことばかりに追われ続け。そんな追い詰められた状態が何日も何週間も続き。拓也は、派遣仕事を終えて電車に乗ろうとして、駅のホームに立ち。「ここから飛び込めば、このツラい毎日も全部終わるんだ、楽になれるんだ」と、朦朧とした頭の中で、繰り返し呟き続けていた。


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