バトル・スーサイド

さら・むいみ

プロローグ


「それでは、これから皆さんに。ちょっと、”生かしあい”をしてもらいます」



 どこかで聞いたことのあるようなアナウンスと共に、「それ」は始まった。アナウンスの声が消えるのと同時に、目の前の壁が「パカリ」と大きく二つに割れて、その中から大型の扇風機のような見てくれの機械が現れた。大型扇風機のファンは、その縁が遠目に見てもゾクっとするほど、鋭利な刃物になっていて。やがてそのファンが、猛スピードで回転を始めた。



 それは見るからに、その刃の回転に巻き込まれたら最後、一瞬でお陀仏になるだろうことは明らかなシロモノだった。そのことは、会場にいた十数名の「参加者」たちから、一斉にどよめきのような歓声が上がったことでも裏付けられた。あれはマジでヤバい。あれにかかったら、ひとたまりもない……! そんな共通意識が、瞬く間に皆の中に生まれていた。


 そして、それが「ここにいる皆の共通認識」であると、会場の全員が悟った時。皆は我先にと、大型ファンに向かって突進を始めた。ファンから遠ざかるのではない。自ら、ファンの鋭利な刃の中に、



 ファンの大きさは、ちょうど大人が両手を肩の上に真っすぐ伸ばしたくらいの大きさで、フルスピードで回転する刃物のようなファンは、飛び込んで来た者を瞬時に、容赦なくバラバラに切り刻むものと思われたが。それでも、ここにいる全員を裁断するには至らないようにも思えた。恐らくその前に、細かく千切れた肉の破片や血糊がベッタリと刃にへばりつき、鋭利さは失われてしまうだろう。だから、「その前」に飛び込まなければならない。他の誰よりも、自分が先に。


 会場にいた誰もが、それを十分に理解していた。ぐずぐずしていたら、自分が「生き残ってしまう」。それだけは避けなければ。他の奴を押しのけてでも、「あそこ」に飛び込まなくては……!


 誰もが必死だった。まさに、文字通りの「死に物狂い」だった。迷ったりためらったりしてるヒマはない。自分が、我こそが、あそこへと。「約束の場所」へと、到達するのだ!!



「てめえ、邪魔すんじゃねえ!」

「貴様こそ割り込むんじゃねえよ、ぶっ殺すぞ?!」


 この状況に於いて、「ぶっ殺す」という脅し文句が全く効果を持たないことをわかっていながら、そう叫ばずにいられないほど、皆は狂乱状態に陥っていた。まだファンに勢いのあるうちに、一瞬のうちにわが身を切り刻まれるために。皆はファンの前にひしめきあい、その先陣を争い合っていた。


 やがて、先陣を争う集団から「運良く」抜け出した者が、片腕を突き上げガッツポーズをしながら、その腕の先からファンの中へ飛び込んで行った。ファンの刃は、トップバッターの栄誉を授かった者を祝福するかのように、しゅんしゅんしゅんしゅんっ!! ……と、そいつの体をミリ単位で裁断し始めた。見る見るうちにファンの周辺は、飛び散った肉片と血潮で真っ赤に染まっていき。その「赤の色」が、争っていた奴らの血の気を更に増幅させた。


 もう、我先になどと争うことが馬鹿らしくなったかのように、数名の奴らがもつれ合いながら、ファンの中に転がり込んだ。まだ勢いの衰えぬファンの回転は、その数名をも次々と、刃の餌食にしていった。ファンの周囲は血みどろの修羅場と化し、後に続く者たちは床一面を覆う血糊に足を滑らせながら、迷うことなくファンの中に飛び込み、あっという間に切り刻まれた肉片と化していた。



 そしていつしか、真っ赤に染まったファンの刃は、予想通りに「ふしゅる、ふしゅるるる」と、断末魔のように軋む音を立てながら、その動きをゆっくりと止めていった。その前に、会場内にいた者全員を、鋭利な刃の中に飲み込んでしまったかとも思われたが。その様子をじっと見つめ、立ち尽くす青年がいた。



 青年は、もう誰も切り刻むことの出来なくなった大型ファンを、恨めしそうに見つめながら。「また、生き残っちまったか……」と、大きなため息をついた。


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