第三のゲーム(2)
先ほどの第二のゲームでは、レーザーで参加者の体が切り刻まれる際に、「すぱぁん、すぱぁん!」という、例えるなら「快音」とでも呼びたくなるような音を立てていたが。今回は、そうではなかった。もっと、「思わず耳を塞ぎたくなるような、鈍い音」が、大型扇風機の方から響き始めた。
ずしゅっ。ずしゅっ、ざしゅっ、がしゅっ……!!
猛烈な勢いで回転する鋭利な刃物となった扇風機のフアンは、ジューサーミキサーに果肉を落としたかのように、そこへ飛び込んで行った参加者たちを「細断」し始めた。だがやはりレーザーとは違い、一瞬でというわけにはいかず。ぐがっ、ぐがっ、ぐががががっ! と、人体の肉を削り、骨を砕く音が断続的に鳴り響く。それは、飛び込んだ「一番手」の参加者こそ、数秒の間に切り刻むことが出来たものの。続く第二、第三の参加者は、一番手よりも十何秒かの時間を要することになった。
つまり、いくら用意された扇風機が「大型」とはいえ、レーザーのようにスパンスパンと次々に参加者を「処理する」というわけにはいかず。後から飛び込んだ者は、その順番が後になればなるほど、処理にかかる時間が長くなるのではと思われた。そしていつしかあの回転するファンは、切り刻まれた参加者の血肉にまみれ、その動きが鈍くなり。やがて、止まってしまうのではないか。
ならば「その前」に飛び込まなくては、「勝者」になれない。今回ガイドマンが「制限時間」を言わなかったのも、そういう理由からだろう。時間を決めるまでもなく、恐らくファンは参加者をズタズタにして飲み込むうちに、停止すると踏んでいるのだ。
そしてそのことを、後から飛び込もうとしていた奴らも気付いたらしい。すぐに飛びこまなければ、「あれ」は止まってしまう。そしたら自分は敗者だ。次のゲームで勝者になるにしても、「もっと酷い目」に遭うことになる……!
その思いは、残っていた参加者たちを駆り立てた。まさにガイドマンが言っていたように、我先にとファンに向かって突き進み始め。とはいえ、突っ込んで行くべき目標は、大型ではあるものの、その「殺傷範囲」が決められた扇風機だ。おのずと、その順番を奪い合うような争いが起こり始めた。
「てめえ、邪魔すんじゃねえ!」
「貴様こそ割り込むんじゃねえよ、ぶっ殺すぞ?!」
この状況下、つまり「我先にと自ら死に至らんとする」という奴らが殺到する中で、「ぶっ殺すぞ」という脅しに果たして効果があるのかどうかはわからなかったが。それくらい、彼らは必死に「死に急いでいた」ということだ。前にいる者をひっつかみ、隣にいる奴を強引に押し退けて。残る数名の参加者、拓也とダイスケを除いた7~8名の者たちは、そこが「約束の場所」でもあるかのように、血肉にまみれて回り続けるファンを目指していた。
「ほんとかよ、本当に『我先に』死のうとするなんて。これじゃあ『奴ら』の思うツボじゃねーか。みんなそれでいいのかよ……?!」
ここでダイスケが言った「奴ら」とは、ガイドマンを含めた主催者たち、そしてこのゲームに主旨しているというスポンサーたちを指しているものと思われた。しかし、憎々し気な口調でそう呟いたダイスケとは裏腹に。拓也は徐々に徐々に、この雰囲気の中に飲み込まれそうになっていた。
……俺も行かなきゃ。今のうちに行かないと、遅れてしまう。そうなったら一大事だ……!
あまりに凄惨で現実離れした、異様極まる会場内の光景と空気感に、いつしか拓也はそんなことを考え始めていた。いや、考え「させられていた」と言った方がいいかもしれない。恐らくはこれも「奴ら」の狙いの一つで、群集心理を巧みに利用し、自ら死を選び、全身を細切れにされることを「当たり前のこと、かつやらなければいけないこと」だと思い込ませようとしている。
そしてその狙い通りの結果が、ダイスケが吐き捨てた状況となって目の前で繰り広げられていた。四方を壁に囲まれた密閉空間で、人体が派手に破損する場面を続けざまに見せつけられたら、そうなって当然、何もおかしくないとも言えた。
拓也は何かに引き寄せられるかのように、「すっ」と右足を一歩踏み出した。もちろん、目の前にある約束の場所、扇風機のファンを目指すために。それに「はっ」と気付いたダイスケは、これまでと違い、拓也の肩を片手で掴んで「ぐっ!」と自分の方に引き寄せた。
「おい、待て。俺に、考えがある。目を覚ませ」
耳元で囁くように、しかししっかりとした「意志」を持って語られたその言葉に、拓也は「?!」と、我に返り。少し驚いたような目付きで、自分を制したダイスケを見つめた。ダイスケはあの「ニヤリ」という笑みを浮かべ、もう一度静かに囁いた。
「まあ、この場では何もできないがな。次が『勝負』だ。恐らく次が『最後のゲーム』だろうからな……!」
気が付けば拓也とダイスケの2人を残して、他の参加者たちは全員、扇風機の藻屑と化していた。そして、ファンの羽根の間に大量の「人間だった肉片」を挟みこんだファンは、「ぶすっ、ぶすぶすっ」と、不機嫌極まるような音を発し。やがて、完全にその動きを停止させた。
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