ミヤコ(2)
しかしある時、そんな日々に破綻が訪れる。風俗で「副業」をしていることが、会社にバレてしまったのだ。どの社員はわからないが、恐らくネットなどで風俗情報を見た際に、美弥子に似ている女性を見つけたのだろう。上司に呼び出された美弥子は、聞かれた通りに素直に答えるしかなく。これであてにしていた「年2回のボーナス」という、大きな収入源を失うことになる。
そして美弥子は会社を辞めたことを、お気に入りのホストに正直に告白した。そういったプライベートの悩み事なども、隠さず相談するような「間柄」になっていたのだ。それは、これまでのように頻繁に通えなくなるかも、それでもなんとか都合をつけて会いにくるから私を忘れないでという、美弥子からの「嘆願」のつもりだったのだが。ホストはそんな美弥子を責めることなく、「僕のためにそこまで……ありがとう」と優しく微笑み。それから、「良かったら、いい働き口を紹介するよ」と付け加えた。
その「いい働き口」とは、ホストの知人が経営している風俗店だった。いま美弥子が勤めている店よりも、割のいい給料がもらえるのだと。美弥子はなんの疑いもなく、その店へと毎日出勤するようになり。そこで稼いだ全額を、紹介してくれたホストにつぎ込んだ。
ホストにすれば店からの「紹介料」ももらえる上に、そこで稼いだ金を貢いでくれるのだから、こんなに美味しいことはない。そしてホストは美弥子が会社を辞めたのをきっかけに、ここは自分に繋ぎ止める最大のチャンスだと考え。それまでは2人だけで食事に行くなどの、いわゆる「店外デート」だけの関係だった美弥子との仲を、もう一歩先に推し進めた。これまで以上に甘い言葉で美弥子を口説き、美弥子を「抱いた」のだ。
もちろんそれは美弥子にとって、これ以上ない喜びであり。自分の夢が遂に叶ったのだとすら思い、あまりの感激に涙するほどだった。ホストは「君を直に感じたいんだ」と避妊具を付けずに行為に及んだが、それを美弥子が拒絶することはなかった。むしろ、「そんなことを言ってくれるなんて」という感動の方が大きかった。しかしそんな「裸の付き合い」を続けているうちに、美弥子は妊娠することになる。
美弥子が恐る恐る妊娠したことを告げると、ホストは一瞬顔をこわばらせたものの、「これは僕の責任でもあるからね」と美弥子を慰め。そして、美弥子の肩に手を置き、涙ぐみながら説得を始めた。
「お互いにとってつらい決断だけど……ここは、堕すことにしよう」
無論ホストにとっては「子持ち」になることなどもっての外で、それ以外の選択肢などありえなかったのだが。美弥子はホストの「お互いにとって」という言葉を疑うことなく信じ込み、その通りに従った。それは、堕胎のための費用を負担すると、ホストの方から言い出してくれたこともあった。
そして、堕胎を済ませ病院を後にした美弥子を待っていたのは……ホストからの「冷たい仕打ち」だった。店に行っても「今日は休みで」「都合が悪くて」と言われて会えず、頻繁にやり取りしていたLINEも、メールさえも返事がなく。挙句の果てに風俗店に出勤すると、店長に「申し訳ないけど、今日限りで」と通告されてしまった。
資金繰りが厳しく女の子を何人か辞めさせないとならないから、他の子にも同じ通達をしていると店長は言っていたが、自分を見捨てたあの「ホスト」の差し金だなと、美弥子はすぐに察した。いま思えば堕胎費用は、ホストからの「手切れ金」だったのかもしれない。いずれにせよ、自分を優しく扱ってくれていたホストと働く場所を一気に失った美弥子には、多額の借金だけが残される形になった。
美弥子は途方に暮れるというより、ただもう「生きていくのに疲れた」としか感じられなかった。元々、生きていることになんの意味があるんだろうと思っていたのに、やっと見つけたかに思えたその意味が、今や完全に失われてしまった。
あとはもう、いつ、どこで、「この世界」から消え去るかだけね……。
そんなことを思いながら、町中を当てもなくフラフラと歩いていた美弥子に、見知らぬ男が声をかけてきた。そう、バトル・スーサイドの招待状を持った、あの男だった。
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