ミヤコ(1)
桜井
家に帰り鏡を見ると、そこにはまさに自信無さげで情けない顔をしている、自分がいる。顔はソバカスだらけで目は細く、鼻の形も唇も何か歪んでいるように見えて、可愛らしいところが何ひとつない。
続いて服を脱ぎ、下着だけの姿を写してみる。胸や腰、尻や太腿など、女性らしい箇所に全く肉の付いていない、ガリガリの体型。太目を気にする女性からすると「羨ましい」と言われるかもしれないが、美弥子は自分のみすぼらしい体が大嫌いだった。こんな女性を好きになったり、「抱きたい」と思う男性がいるだろうか? 美弥子には、自分が男性から言い寄られたり告白をしてOKをもらえる場面などがどうやっても思い付かなかったし、また実際にそういう経験は20歳を過ぎても皆無だった。
小さい頃は大人になれば、第二次性徴期を過ぎれば自然と肉付きがよくなるんじゃないかと想像していたが、一向にそんな気配はなかった。もともと小食な方ではあったが、それでも他人に比べて極端に少ないというわけではないのに、美弥子の体はどこもかしこも骨ばったままだった。
だが、ある時会社の先輩に「一度行ってみようよ」と言われて着いて行った夜の街で、美弥子の人生は一変する。そこは、先輩が知り合いからのウワサを聞きつけて、興味しんしんでかねてから行ってみたいと思っていた、ホストクラブだった。
まずもって、男性と肌が触れるような距離感で話すということに慣れていなかった美弥子は、脇に付いたホストのなすがままに注文をし、その語りかけにこくりこくりと無言で頷くだけだった。しかしこの「未知なる経験」は、美弥子の心を大きく揺り動かした。「私にも、こんな思いが出来るんだ」。それは美弥子にとって、かけがえのない時間となった。
幸い昔から人見知りで飲み会などの付き合いも少なかったことと、顔つきや体型などをいつか美容整形しようかと思い溜めていた貯金があったので、ホストに会いにいくのにお金が不足することはなかった。自分をお嬢様のように優しく扱ってくれて、丁寧に送り迎えまでしてくれるその快感に、美弥子は否応なしに溺れていった。
やがて美弥子の貯金も底をつくことになるが、これも幸いというかなんというか、ホストクラブには売掛金というシステムがあって、その場で料金を払わずとも、後でまとめ払いをすることが可能だった。学生時代から遊び歩くということをしてこなかった美弥子は、それならせめて勉強を頑張ろうと考え、学校のトップクラスにまでは至らなかったが、それなりの会社に就職することが可能なくらいの成績を残すことが出来た。なので不景気のこの世の中で、年に2回のボーナスが貰える会社に正社員として勤めることが出来ていたのだ。
美弥子はこのボーナスを全額売掛金につぎ込むつもりで、ホストクラブにのめり込んだ。もう顔や体型を気にして整形しようかなどと考えなくてもいい、今の私を誉め称えてくれる人がいるのだから。しかし、美弥子をまんまと「顧客にした」ホストの方からすれば、それくらいではまだまだ足りなかった。店の売上げトップに立つという野心を持つホストたちは、取れるところからは根こそぎ搾り取る腹積もりだった。
高価なシャンパンを開ければ10万円、お店で使うだけでなくホスト自身への「貢物」なども合わせれば、月に軽く100万以上つぎ込むこともザラになり。年2回のボーナスだけでは足りなくなり、美弥子はサラ金に手を出すようになった。一度手を出してしまえば、後はその底なし沼にズブズブとハマっていくだけだ。融資を受ける金融会社はふたつみっつと増えていき、気が付けば総額で一千万近い借金を抱える身となっていた。
それでも美弥子は、自分を制することが出来なかった。逆に、ここまでつぎ込んで手にした快感を手放すことなど絶対に出来ないと、その思いは脅迫観念のように美弥子を盲目にさせていた。そして遂に美弥子は、風俗店で働き出すことになる。会社勤めの傍ら、土日祭日は風俗に出勤し、「瘦せ型体型が好み」な男を「イカせる」ことに専念する。美弥子はそれを、会社での事務作業のように次から次へとこなすことで、「風俗落ち」した自分を必死に正当化しようとしていた。
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