第二のゲーム(4)


 まず、バラバラになったガタいのいい男の死にざまを、一番近くで見ていた参加者の1人が。「うう、うううう……」と、唸るような声をあげたかと思うと。「うわああ、うわああああ!!」と、自分の恐怖心を押し殺すかのような絶叫と共に、赤いレーザーの海へダイブしていった。


 しゅぱっ、しゅぱしゅぱしゅぱっ!!


 ガタいのいい男よりも勢いよく飛び込んだせいか、そいつの体はレーザーに切断されると同時に、その切断された頭部や手足などが「すぽん、すぽおおん!」と華麗にくるくる宙を舞い、まるで目に見えない透明人間が、人体の破片を使ってお手玉をして遊んでいるかのような、そんな錯覚を起こさせた。


 もちろん再び床一面は血の海になり、切断された際にまろび出た臓器なども、そこら中にバラまかれたのだが。それでも何か、その凄惨な場面があまりに惨たらしかったせいもあるのか、そんな目の前の現実を受け入れまいという心理の方が強く働いたのか。首や手足がポンポンと宙を舞う様子は、無垢な子供が玩具で遊んでいるような感覚を受けた。それくらい、「人が無残に殺害されている」という感覚が薄かったのだ。



 だから、というわけでもないのだろうが。ガイドマンが丁寧にご教授してくれた、「悲惨な借金返済生活」に恐れをなしたというのもあるかもしれない。続いて何人かの参加者が、怯む自分に喝を入れるかの如く、勢いよく駆け出し。そして再びの、人体破片と血のシャワーの饗宴が始まることとなった。


 すぱぁん、すぱすぱすぱぁん!

 ぶっしゃあ、ぶっしゃああーーーーー!!


 今や床だけでなく、レーザーを発している左右の壁、更に天上にまで血飛沫が振りかかり。入った時は「白い壁で覆われた、殺風景な部屋」に思えた会場が、前衛芸術家が原色の赤い絵の具をブチまけたような、そんな有様へと一瞬にして変貌した。



『素晴らしい、素晴らしいです! まさにこの世に咲いた赤き血の花、舞い踊る血肉の祭典。さあ、残り時間はあと3分! 勝者になるなら、今のうちですよ!!』



 会場に流れ続けるけたたましい運動会音楽、惨劇の場を嬉々として実況するガイドマンの浮かれた声。目の間で咲き誇った「血肉の華」と併せて、それらの何もかもが現実離れし過ぎていて、参加者たちの感覚を麻痺させていた。それでも拓也はまだ、「一歩前」に進み出ることが出来なかった。心のどこかでかろうじて、「こんなバカなイベントに乗せられてはいけない」といった、この状況を客観視しているような自分がいた。


 それは恐らく、これまでの人生で培われた「諦めの心境」が強く働いたのだろう。22歳の誕生日に何も期待することなく、ただただ複数のサラ金で自転車操業を繰り返していた毎日。将来に関する希望など何一つなく、ただなんとなく「生きていた」。アタルも含め、2つのゲームで先に飛び込んで行った奴らは、どこかで自分の人生に何かしらの希望を抱いていたのかもしれない。だからこそ、自分の借金が帳消になり、家族や知人に一切の迷惑をかけないという「最良の選択」をすることにした……。


 もちろん、このイベントの主催者たちが巧みに仕掛けたこの場の雰囲気、黒服男たちの醸し出す「ここから出さない」という圧力感も大きいのだろうが。ここまで来て何を迷うのか、自ら死を選ぶことが、今の自分に出来るベストの選択じゃないか? そう思い込み、そして実行する参加者が次々に出ている理由は、拓也にもなんとなく理解できた。だが拓也はそれに、「乗れなかった」だけなのだ。


 そして拓也の脇にいるダイスケも、拓也と同じく「この場の雰囲気に乗り切れない1人」ではないかと思われた。血肉の華咲き誇る惨状を見て、「マジかよ。ほんとかよ……」と、青白い顔で呟き続けている。もしかしたら自分はこの金髪男と「最後の敗者」を争うことになるかもしれないな……拓也がそんなことを思い始めた時。



 第一のゲームからずっと、両腕で自分の体を抱くようにして、ガタガタ震えていたミヤコが。おもむろに、「すっ」と前方に歩き始めた。そう、第一のゲームで「最後の勝者」となった、アタルのように。


「おい、ミヤコちゃん? あんたまさか……」


 それはほとんど、第一のゲームでアタルにかけた言葉と同じだったが。ダイスケにはそれしか言うことが思い付かず、またそれ以上の言うべきことを思いつかなかったのもまた、先ほどと同様だった。


 そしてミヤコはダイスケの方を静かに振り向くと、待機部屋にいた時から通じて初めて見せるような穏やかな笑顔で、「にこり」と微笑み。


「……うん。短い間だったけど、お世話になりました」


 そう言って再び前を向くと、レーザーと血飛沫で真紅に染め上がった惨劇の場へと歩を進めていった。アタルの時と同じく、ダイスケも拓也も、自分と同じかもしくはそれ以上に追い詰められた情況にあるだろう、ミヤコの心情がわかるだけに。ただその背中を見送るしかなかった。


 それから、間もなくして。ミヤコの体もまた、それまでの参加者のように、すぱん、すぱーーーん!! と見事に全身を切り刻まれ。その数秒後、赤いレーザーが「ふっ」と消え失せた。それはあまりに凄惨なゲームが終了したことを知らせる、静かなる幕切れだった。


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