ダイスケ(5)
「お前がそういう態度を取るなら、こっちにも考えがある。おい、始めろ」
口髭男はそれまでとは打って変わったシリアスな口調で、ソファーの背後にいた部下らしき男たちに告げた。背後にいた、田村にスタンガンを突きつけた奴を含めて3名の男たちは、「へい」と言葉少なに返事をすると。もはや抵抗する体力も気力も消え失せた、田村の手足の手錠をガチャガチャと外し始めた。
何をするのかと大輔が見守っていると、男たちは自分の足で立つこともままならない田村を抱きかかえるようにして、倉庫の裏口から出ていった。
「おい、お前も来い」
口髭男が顎を「くいっ」と動かし、自分について来るよう大輔に指示をした。その異様な迫力に加え、何より田村を実質「人質」に取られている以上、逆らうわけにはいかない。
大輔が口髭男と共に倉庫を出ると、そこは狭い空き地になっていて。そして、倉庫の出口から数メートル離れた場所に、ここ数時間の間に掘ったかのように、掘り出した土をその周囲に積み重ねた半径2メートルほどの穴が、ぽっかりと口を開けていた。
……おい、まさか?
その穴を見て、大輔は思わず身震いするような想像を頭に思い描いたが、田村を連れた男たちはその「まさか」の行動を、躊躇うことなく開始した。
「ああ、止めて……」
自分が何をされるのかをようやく察した田村が、なんとか抵抗しようともがいたが、今の田村に残されたわずかな体力ではどうにもならなかった。田村の体はよろけるようにして、穴の中に「どしん」と落とされ。穴の底で田村がなんとか体を起こそうとしているところで、男たちは倉庫の壁に立てかけてあったスコップを手に取った。
「おい、やめろよ?!」
大輔は前に出て男たちを制しようとしたが、そこで先ほど田村にスタンガンを突きつけた男が、スティックの先を大輔に「ぴっ」とかざした。それは無言で、「そこから動くな」と大輔に命じていた。
さくっ、さくっ、さくっ……。
男たちは実に事務的な動作で、穴の周囲に積まれていた土を、スコップで「穴の中」に入れ始めた。つまり、穴の底にいる田村の上へと。
「やめて、やめて下さいぃぃぃ……!」
もはや田村は顔中をぐちょぐちょにして、底から見上げる男たちに向かって、子供のように泣き叫んでいた。このままだと間違いなく、自分が「生き埋めにされる」と悟ったのだ。だが、男たちの事務的な動作は止まることがない。大輔はもう、覚悟を決めるしかなかった。
「すいませんでした! 許して下さい、それ以上は勘弁してやって下さい!! なんでもします、俺が何でもやります!!」
大輔は口髭男の足元にひれ伏すように土下座をして、必死に謝罪した。本物のヤクザ者に「なんでもします」などと宣言するなど、それこそ何をされるかわからないし、ほとんど自殺行為に近い。だが、目の前で埋められつつある田村を助けるためには、取るべき手段はそれしか思いつかなかった。そして恐らく田村の後は、「自分」もこうなる可能性が非常に高い。
「そうそう、大輔ちゃん。最初からそういう風に、素直になってくれればいいのよ~~」
口髭男は一瞬、なごやかな顔を見せたが。額を地面にこすりつけるようにしている大輔の、その脇にしゃがみこむと。ドスの効いた声で、キッパリと告げた。
「1000万、持ってこい。俺も鬼じゃねえ、明日までにとは言わねえよ。3日やる。相当稼いでるんだろうから、作れない額じゃねえだろ? それまでこいつは、このまま預かっておく」
1000万、か……。
確かにそれぐらいの額を稼いでいないわけではなかったが、他のメンバーに払う金もあったし、贅沢三昧の生活をしていたせいで、すぐに用意できるかと言われたら厳しいものがあった。いや、それよりも。「このまま預かる」だって……?
大輔の心中を察したのだろう、口髭男は立ち上がると、穴の中で泣きべそをかいている田村を見降ろすようにしながら、大輔に宣告した。
「なぁに、心配するな。水は飲ませてやるから、このままでも死にはしねえよ。人間てのは水さえ飲んどきゃ、3日くらいは余裕で生きていられるからな。ただ、3日を過ぎたら……」
そこで口髭男は、まだ土下座したままの大輔の、短い髪を「ぐわしっ」と掴み。上を向かせた大輔の顔に、鼻をくっつけるくらいに自分の顔を近づけた。
「そん時はもう、こいつは穴ん中だ。その上からコンクリで固めちまうから、もう2度とこいつの顔を拝めることはねぇだろうなあ」
大輔は「……わかりました」と答え、穴の中から悲痛に響く「大輔さん、すいません、すいません! お願いします!!」という田村の声を背中に、寂れた倉庫を後にした。
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