開会宣言


 廊下を少し歩くと、左右に開く扉があり。黒服の男が壁に付いたスイッチを押して扉が開くと、それはまたしてもエレベーターであることが判明した。


「また地下に行くってことか? ずいぶん下まで潜るんだなあ」


 ダイスケが独り言のようにそう呟いたが、黒服の男はそれを完全スルーしたまま、エレベーターに乗りこみ。拓也たちも続いて乗りこんだあと、エレベーター内のボタンを押した。ここもボタンはシンプルそのもので、「地下1階」といま押された「地下2階」の2つしかなかった。



 エレベーターは「がくん」というわずかな音と共に、ゆっくりと降り始めた。エレベーターが起動している時に特有の沈黙が室内を支配し、恐らくそれは拓也たち4人がそれぞれに感じている緊張感もあるだろうが、さすがにチャラいダイスケも、ここでは大人しく口をつぐんでいた。


 やがてエレベーターは再びの「がくん」という音を立てて停止し、目の前の扉がスラリと開いた。


「さあ、表に出ろ。ここが『バトル・スーサイド』の会場だ」


 男はエレベーターに乗ったまま、拓也たちにそう指示を出した。黒服の男の役目はここまでで、自分はそのまま上へと戻るらしい。


 拓也は「ごくり」と息を飲みながら、エレベーターから1歩前に出た。そこは建物の中というよりは、地下にある広い洞窟内のような見映えで、床はコンクリートで固められているものの、壁や数メートルはあると思われる高い天井は、ゴツゴツした岩がむき出しになっていた。


 その岩場に囲まれた空間に、すでに数十名の「参加者」が集まっていた。ぱっと見た限り、自分たちと同じような20代の若者が多いようだった。40代か50代くらいに見える中年風の人物も何人かいるが、それ以上の年配者は見かけられない。恐らく「ゲームに参加し、争う」というイベントの主旨からして、体力に衰えの見える老年世代は招待していないのだろう。


 参加者たちはみな緊張した面持ちで、近くにいる者と小声で何か話したり、あるいはじっと黙って考え事をしている。集まっている人数にしてはざわついているような雰囲気はなく、むしろ目立つような声を発するのを避けている風にも思われた。恐らくまだ彼らにも、イベントの全容は知らされてないのだろう。参加者が全員揃ったところで、初めてこのイベントの詳細が明かされるんじゃないかな……。


 乗って来たエレベーターの扉は静かに閉まり、拓也たち4人の「新参者」は、完全にこの岩場に取り残された形になった。ここまで来たら、もう引き返せない。地上とは明らかに様相を変えたこの場の雰囲気は、拓也たちにそう思わせるのに十分な威圧感があった。



 と、そこで。

 参加者たちの前方にあった大型のモニターが、「ふっ」と明るくなった。どうやら拓也たち4人が、「最後の参加者」だったようだ。それぞれに不安そうな顔つきで立っていた参加者たちは、一斉にモニターに注目した。

 

 モニターには、能面のようなお面を被り、グレーのスーツを着た人物が映し出された。恐らくこの男が、ゲームの主催者もしくは「案内人」ということなのだろう。能面の男は「こほん」と軽く咳ばらいをした後、モニターを見ている参加者たちに語りかけ始めた。


『皆さん、私たちが主催するイベント”バトル・スーサイド”に、ようこそ。私は皆さんにゲームの説明をする役目を担う係、”ガイドマン”です。皆さんがどんなゲームに参加して頂くのか、そしてどういった進行になるのか。そういったことをご説明させて頂きます。しばらくの間、私にお付き合い願いたいと思います』


 その言葉を聞いて、参加者の間から「ぱちぱちぱち」と、まばらな拍手が起こった。拓也を含めほとんどの者は、これから始まるイベントについての興味と不安とで、それどころではなかったのだが。拍手をした者も、決してガイドマンを歓迎しているわけではなく、脊髄反射というか成り行きで手を叩いてしまったものと思われ、その音はすぐに収まった。そしてガイドマンは再び「こほん」と咳ばらいをすると、自分に注目している参加者に向けて、高らかに言い放った。



『それでは、これからちょっと。皆さんに、”生かし合い”をしてもらいます』



 そう、これが恐るべきイベント「バトル・スーサイド」の、非情なる開会宣言だった。

 

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