第一のゲーム(2)
『残り時間はあと7分。それまでに、各自決断をして下さい。生き残った方は、強制的に次のゲームに参加して頂きますので。
また、追加情報として。
現在行われている「第一のゲーム」は、私どもが用意した幾つかの”スーサイド・ゲーム”の中で、最も「楽に死ねる」ものになっています。
例えば高いビルの屋上から身を投げたりすると、地面やコンクリートに体を打ち付けて、相当な痛みを感じると想像しがちですが。それは「ある程度の高さ」から身を投げた場合で、今回ご用意した深さが100メートル以上あるようなケースでは、身を投げた後に高低差や空気圧の関係で、落ちていく途中で気を失う可能性が非常に高い。つまり、ほとんど痛みを感じずに死まで至れるわけです。
私どもが用意したゲームでは、このあと第二、第三と段階を踏むごとに、死ぬ際に感じる痛みが増すように設定しています。もうおわかりですね? 「他に先んじて死を選び、勝者になる」とは、そういう意味も含まれているのです。どうせ勝者になるのなら、少しでも苦しまずに「旅立てる」方が、好ましいと思いませんか……?
さあ、残りは5分ちょっとになりました。「栄えある勝者」になるなら、今ですよ!!』
ガイドマンの声が聞こえなくなると同時に、上方に留まっていたモニターが、ゆっくりと下降し始めた。あと5分ののちに下まで降り切って、あの亀裂は再び塞がってしまうのだろう。会場内は地下の洞窟内といった状況で、天井も四方の壁もゴツゴツとした岩場に囲まれており、唯一の「出入口」であるエレベーターに触れれば、先ほど扉を叩いたゴツい男のように、高圧電流を流されて気絶させられる。ゴツい男は黒服の男2人が抱えて、エレベーターに乗せられた。恐らくそのまま、「第二のゲーム」が行われる会場へと運ばれるのだろう。
つまりこの場にいる参加者たちは、ガイドマンが言っていた通り「退路を断たれた」状態になっていた。後は、決断するしかない。自ら死を選ぶのか、それとも……?
そこで、ゴツい男が気を失う場面を目の当たりにしたあげく、スタンガンの電撃を浴びて地面に膝を突いていた、気の弱そうな若い男が。やにわに「がばっ」と立ち上がると、辺りをキョロキョロと見まわし。「うわあああ、うわああああっっ!!」と叫んで、前方に広がる「亀裂」に向かって走り出した。
それは突然の出来事で、周囲にいた者も止めようとか制しようとか、そういったことを考え行動に移す前に、若い男は崖っぷちまで走り抜け。そしてこれは本当に、その後ろ姿を見ていた者たちにとっても、不思議に感じられたのだが。まるで水泳の飛び込みの選手が、飛び込み台を両足で「たんっ!」と蹴ったかのように、若い男は崖っぷちで宙に浮き。それからスローモーションのごとく、ゆっくりと、実にゆっくりと。その姿を、亀裂の中へと消し去っていった。
あっという間の出来事に、周囲にいた者たちはしばし、呆気に取られ。わずかに2,3名が今さらのように亀裂の崖っぷちまで駆け寄り、若い男が消えていった「奈落の底」を見つめた。男の声はまるでやまびこのように、「あああ……ぁぁぁぁ……」と、暗闇の向こう側に吸い込まれていき。そしてそれっきり、男が「底」にぶちあたったような音も含め、何も聞こえてこなくなった。「底まで落ちた男」が響いてこないくらい、はるか下方にまで落ちていったということなのだろう。
すると、先ほどまでの運動会音楽がいったん途絶え。会場の雰囲気に全くそぐわない、「ぱんぱかぱーーーん!!」という派手なファンファーレの音が響き渡った。
『おめでとうございますーー! 栄えある勝者第一号は、エントリーナンバー18番の”シゲル”さんでした! 彼はもう二度と、借金の催促や資金繰りの苦労、そんな重荷に苦しむことはありません。それら全てから今、完全に解放されたのです。さあ、彼に続く勝者はいったい誰だ?!』
何か心底嬉しそうなガイドマンのその声も、目の前で「飛び込み自殺」を目撃した参加者たちには、場違いなものにしか思えなかった。……いや、少なくとも拓也はそう思っていたのだが。「そう思わない」参加者も、何名か存在した。それが証拠に、再びの運動会音楽が流れ始めたとたん、「わあ、わああああ!」「うわあああああ!!」とあらぬ声を発しながら、先ほどの若い男に続けとばかりに、亀裂に向かって走り出した奴らがいたのだ。
拓也もすぐ脇にいたダイスケも、あまりのことに両腕で自分の体を抱きしめるようにしてガクガクと震えているミヤコも、その光景が現実のものとはとても思えなかった。だがそれは間違いなく、「今、目の前で起きていること」だった。走り出した数名は、そのまま躊躇することなく。亀裂の深い谷間の底へ、飛び込むように身を投げ出していった。
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