ダイスケ(7)


 倉庫裏の穴倉から解放された田村とは、それきり連絡が取れなくなった。救い出した直後は「恩に着ます、一生恩に着ます」と泣きじゃくっていた田村だったが、どうやら田舎に帰ったらしい。しかし大輔はそれも「致し方なし」かな、と思っていた。あの倉庫で体験した壮絶なトラウマを考えれば、もう2度と詐欺なんかに、そして俺なんかに関わりたくないと思う方が、自然だろうしな……。



 今や大輔は自分の詐欺グループも失い、そして複数の闇金からの借金を抱えるだけの、「落ちぶれた男」と化していた。たまに例の口髭男から「よう、少し稼いでみねえか?」と誘われ、ハンチング帽男などと共に詐欺の片棒を担うことはあったが、当然のように足元を見られ、「いい稼ぎ」が出来るはずもなく。つい先日までの贅沢な生活はどこへやら、日々の生活費にも困るまでに成り果てていた。しかし本当の「地獄」は、ここからだった。


 闇金の負債は法定外の利子をつけているので、日を追うごとに返済額が増えていくようなシステムになっている。しかも貸す側は「利子分だけでも返済してもらえれば」などと甘い言葉をかけてくるが、利子だけを払っていると元金は減らないので、自然と元金にかかる利子が増えていき、雪だるま方式で返済額が増額していくのだ。


 大輔は毎週なんとか利子分の返済をしていたものの、それだけではいつか破綻するのは目に見えていた。なのでやむを得ず危険を承知で単独の特殊詐欺などを行なったものの、やはり1人では稼げる金額に限界があった。こういった被害者をまるめこむ方式の詐欺では、何人かのグループで囲い込むことで、相手が正常な判断を出来なくなるような状態に追い込むことが必要なのだ。



 それでも返済の期日は否応なしにやって来て、大輔は資金繰りが苦しくなり、仕方なくまた別の闇金に手を出すという悪循環に陥っていた。当然のごとく、返済額は増え続ける一方だ。切羽詰まった大輔は、あのにっくき口髭男に「何か仕事はありませんかね?」とご機嫌を伺いに行くほど、のっぴきならない状況になっていた。


 実はこれは、口髭男たちが巧妙に仕掛けた「ワナ」だった。最初にソフト闇金を紹介してくれた大手ではない消費者金融、そして紹介された闇金会社。これらは裏で繋がっていて、口髭男が所属する「組」の管理下にあり、複数の会社が競合して、1人の客を追い詰めるように仕組んでいたのである。更に口髭男は単純に債務者を追い込んで金を巻き上げようというだけでなく、大輔個人に対して恨みを抱いていたので、徹底的に「ケツの毛まで毟り取る」つもりだった。そうとは知らない大輔はまんまとそのワナにハマり、気が付けば容易に抜け出せない多重債務の蟻地獄に、首までドップリと浸からされていた。


 つい数か月前までは贅沢三昧の暮しをしていたのに、今はスーパーで賞味期限の迫った安売り商品を漁って、なんとか日々を凌いでいる。ちくしょう、なんでこんなことになっちまったんだ……? 今さらいくら悔やもうとも、大輔の両肩に重く圧し掛かった負債は決して軽減されることはなかった。



 そしてある日大輔は、その日も仕事を嘆願にいった口髭男に、「そうだねえ、あまりこういう仕事は紹介したくないんだけどねえ……いい金にはなるんだけど……」と言われ、即座に「やります、やらせて下さい!」と頭を下げた。そして、見知らぬ男に連れていかれたマンションの一室で。大輔は脂ぎった中年男の、とめどない「性欲の対象」となった。


 生まれて初めて味わった「尻の穴の痛み」に、大輔は肉体的な痛みだけでなく、精神的にも癒されることのない深い傷を負うことになり。もはやこの地獄から抜け出す術はない、こうなったら強盗か何か、最悪は誰かの命を奪うことになっても……という心境にまで追い詰められていた。



 そして、近所のコンビニやドラッグストアなど、「狙う対象」を物色しながら歩いていた大輔に、ふと声をかけて来た人物がいた。大輔はうつろな目付きで、その人物から「招待状」を受け取った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る