ガイドマン(2)


『おお、おめでとう! これであんたも、晴れて俺たちの「仲間」になったわけだな。待ってるぜ』



 ダイスケはそう言って、テーブルの前にある椅子に腰かけた。それとは対照的に、ガイドマンがあまりの急展開に、どうすればいいのかと頭を悩ませていると。手元にある赤いランプが、「ふわん、ふわん」と点滅を始めた。


「皆さんすいません、少々お待ちください」


 ガイドマンは配信用のマイクを一旦オフにして、ランプの脇にあるレシーバーを手に取った。「はい、もしもし……」それは、バトル・スーサイドの「主催者」との連絡用レシーバーだった。



『今までの一部始終、見ていたよ。まあしょうがない、こうなったら君も参加するしかないな。あの若い奴に、まんまとハメられたな』


 聞き覚えのある冷徹な声が、レシーバーの向こうから響いて来た。何度か直接会ったこともあるが、有無を言わさぬというか、自分の出す指令は絶対だと普段から公言している男だ。この男にだけは、逆らうことは出来ない。もし逆らったら私だけでなく、私の家族まで何かしらの被害を被る可能性がある……!


 それでもガイドマンは、なんとか助かる術はないかと、ほんのわずかな可能性に賭けてみた。


「はい……しかし、追加のドリンクのある場所は、私にもわかりませんので……」


 これはダイスケに言ったような「言い訳」ではなく、もちろんガイドマンの本音だった。イベントの全てを統括している主催者に対し、何か誤魔化そうとしても無駄な抵抗なのだから。


『それは心配しなくていい、こちらで用意する。君はあの部屋にいって、彼らと一緒に待機していればいい』


 そこまで言われたら、従うしかない。ガイドマンはここに至って、「もう、なるようになれ」と、ヤケクソのような気分で覚悟を決めた。




 元々ガイドマンもこの実況は「雇われ仕事」で、昔は地方局のアナウンサーとして、それなりの仕事をこなしていたのだが。入社したばかりの女子アナと、少し「いい関係」になってしまったのがまずかった。ガイドマンも独身だったので不倫というわけではなかったが、「若手の有望株に手を出す、倫理観に乏しい奴」という烙印を、社内外から押されてしまった。


 そうなるともう、社内での出世など夢のまた夢で、将来は都内での仕事まで視野に入れていたガイドマンの未来は、一気に暗雲に閉ざされることとなった。そんな時に、「裏サイトでの有料配信」のウワサを聞きつけ、どうせ表舞台に立てないのなら、裏の世界で……! と、半ばやけっぱちのような心境で、この仕事に身を投じたのだった。


 最初は「試験的使用」で、今回のような人の生き死にに関わるイベントではなく、もっとマイルドな「素手と素手の殴り合い」や「命を奪うことなく半殺しにする」様子などを実況し。その成果が認められ、恐らく主催者側が開催する中で最もスケールの大きなイベントと思われる、この「バトル・スーサイド」の実況に抜擢されることになった。


 さすがに最初はその内容を聞いて衝撃を受けたが、元よりこんな仕事にはヤクザ者が絡んでいるだろうし、この実況を任される立場になったということは、自分もその一員になってしまったということである。今さら警察に届けようとかどこかのメディアにリークしようとか、そんな考えは思い浮かばなかった。もはや自分も「共犯者」であり、そして情報リークがバレれば間違いなく、自分の身が危うくなるだろうから。



 それでも自分は、凄惨なイベントを「第三者的な、安全な位置」で見ているのだと信じていた。全ては、モニターの向こうで行われている「対岸の火事」なのだと。まさか自分がそこに「参加」することになるとは、夢にも思わなかった。


 そしてガイドマンは最後に、ダメ元でいいからと、主催者に質問を投げかけた。


「あ、あの……用意されたドリンクの、どれが毒で、どれが無害か。それがわかる方法は、何かありませんかね……?」


 しかし主催者の男は、ガイドマンのわずかな希望を断ち切るかのように、冷たく「ふふっ」と笑い。


『そればっかりは、どうにもならんな。私たちにも、わからんのだから。そういう細かい点は、実行班に任せてある。君は君なりに、ベストを尽くすだけだ』



 この言葉で、全ての望みは失われた。後は、運を天に任せるしかないのか……。


「はい、わかりました」


 ガイドマンは小声でそう返答すると、レシーバーを元の位置に戻し。「ちくしょう、ちっくしょう……!」と呟きながら、地下にある実況ブースを後にした。

 

 

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