第51話 でもさ、こんな深裕紀でも平気で人を傷つけるヤツじゃないことは分かる

 サキタラシが次に訪れた神殿は一つの大きな半透明な泡に包まれていた。

 シャボン玉、空まで飛んだじゃあるまいし、何の悪ふざけだろうか。


「まあ、シャボン玉なんて、たかが知れてるよな」 


 早速、サキタラシは泡を突き破るつもりでその泡に向かって突っ込んでいく。

 作戦名『女神も動揺、シャボン玉壊れて消えた』である。


『ボヨヨヨーン!』

「うわっ! これは思ってた以上だ。反動で戻される!?」


 サキタラシが任務に失敗し、水の泡から押し出される。

 ゴムのような弾力によって衝撃が分散されて、サキタラシの特攻が通用しないのだ。


 そういえば女神ウーは女神を倒すと、その女神の能力を伝授できるとか言ってたな。


 サキタラシはしずくから貰った一枚の羽をポケットから引き抜き、そのまま根本を水の泡に当てる。

 寒天のような質感が指先に伝わるが、別にこのモコ泡を食べるつもりじゃない。


五月雨五芳星さみだれごぼうせい乱れ突き!」


 突き当てた羽そのものが振動し、水の泡の奥深くへと進んでいく一本の羽。


『パアーン!』 


 連続5連打の強力な技は意図も容易く、水の泡を弾けさせ、存在そのものを無に変えた。


「なるほどな。フリー(振り)と見せかけ、結局は向こうさん側の計画か」


 ただ闇雲に女神を倒してきたのではなく、このように順繰りでいかないと女神の攻略ができないゲームみたいな仕組みなのか。

 発案者がしずくなゆえに、よく練られたシナリオ通りだった。


『──おや、その調子だと、無事に突入できたようだね』


 神殿に足をつけたと同時に、僕の頭の中から次なる目標な女神シンの声が聞こえ、僕はそこで身構える。


『どうやら二人の女神を倒した腕前は確からしいな』

「その声はシンだな? さあ、鬼ごっこの茶番はおしまいだ。隠れていないでさっさと出てこい」

『フッ、自分なら君の隣にいるけどね』

「何を寝ぼけたことを?」


 姿が見えないのに、ここにいるなんて居留守気取りもいいもんだなと思い、シンがいるらしき中央の祭壇へと早々に移動するサキタラシ。


『ヒュン!』


 耳元で風を切る音の空気がサキタラシの顔をかすめる。

 最初はただの演出かと感じていた。


『ヒュン、ヒュン!』

「いてて!?」


 肌に風が触れた瞬間、その部分が切れて痛みを生じる。

 この見えないかまいたちがシンの能力なのか?


『ゴオオオオーン!』


 ……かと思えば、今度は大きな一本の木が根っこごとこちらに飛んでくる。


「うわっ、あぶねえな!?」


 僕は突然の事態に、体を左向きにひねり、ギリギリで大木を避ける形となった。

 一歩間違えば大怪我じゃすまない。


「何なんだ、木なんか生えてる場所なんてどこにもないぞ!?」


 またもや水の泡で覆われた神殿を注意深く観察しても、木どころか植物すらも見当たらない。


『ヒュン、ヒュン!』

「ぐわっ、いてて!?」


 今度は鞭のような風がサキタラシの体のあちこちに当たる。

 一撃一撃に重みがあって、その場で飛びはねたくなるほどの痛みだ。


『サキタラシ、覚悟はいいか?』

深裕紀みゆきか? どうしてこんな場所に!?」


 不意に幼馴染みが円柱の建物の影から姿を見せる。

 僕の知ってる彼女は中腰で構え、鋭いサーベルで僕に狙いをつけていた。


「なあ、深裕紀。どこで手に入れたか知らないが、そんな物騒な物なんて僕に向けるなよ」

「黙れ。シャーペンオールエッジ!」

「おわわ!?」


 深裕紀からのサーベルの突きを受け流しながらも僕は一人で考え続ける。


 見えない鞭の風に、ダイレクトに来る大木に、この深裕紀の登場。


 今度の女神の能力は普通じゃない。

 何もかもが、めちゃくちゃな攻撃じゃないか。


『カアカアー‼』


 その隙に深裕紀が後ろから4羽のカラスを放ち、僕に直接ダメージを与えてくる。

 カラスは雑食性で頭も賢いが、僕の記憶状では人間に危害を加えるなんて、初めての経験だ。


『カアアー!』

「あー、だから痛いって!」


 カラスの一匹が容赦なくクチバシで頭をつついてくるせいか、ウザいったらありゃしない。

 何だよ、僕の脳みそならやらないぞ。


『カカカアー!』

「そうか、僕の頭はカカオな実なのか」


 この一連の失礼な行動に対しても、女神シンは姿すらも見せようとしない。

 本人の口から目の前にいるとは言っていたが、今は透明な姿にでもなってるのか?


『ザクッ‼』

「……ぐわっ!?」


 僕の腹に深々と刺さるレイピア。

 しまった、カラスに気をとられていたら、深裕紀の攻撃を食らうはめに……。


「……でもさ、こんな深裕紀でも平気で人を傷つけるヤツじゃないことは分かる」


 それに刺されたとはいえ、急所の位置は綺麗に避けられている。

 刺された痛覚もあまりなく、こんな生殺し感を味わせるなんて、シンという女神は何がしたいんだ?


『──サキタラシよ、目に見えるものに頼るな。心で察するんだ』

「その声はヒミコか!?」


 このようなテレパシーが使えるということは、ヒミコも女神になったのか?

 そんな肝心なことは言えずじまいで彼女の声に耳を澄ますサキタラシ。


『すまんな、エンマ軍との戦いで中々通信ができずに……』

「いいって。僕が新たな力を手にしたら、君のフォローでもさせてくれよ」

『ああ、じゃあなw……』


 僕の考え抜いた言葉には裏腹にクスクスと笑い出すヒミコ。

 何か僕、面白いことでも言ったかな?


『ゴオオオオーン!』


 ヒミコとの通信が途絶え、僕の目線に近付いてくる三本の大木。

 いずれも根っこはついてるが、その根に土が付いてない以上、これらは……。


 僕は目を閉じて、空間を闇に封じ込める。

 三つの障害物の対象は肌身にも感じない。


「サキタラシよ、食らえ、シャーペンオールエッジプラスレッドティーチャー!」


 深裕紀のレイピアの必殺技を音だけですんなりとかわし、ふと思うことがあった。

 この深裕紀は呼吸をしていないことに……。


「だとしたら女神シンのいる場所は……」


 サキタラシは全集中を五感に研ぎ澄ませ、しずくの羽にエネルギーを繋ぎ止める。


『カカカアー!』

「そこだあああー!」


『ドコーン!』


 僕は次なる攻撃をしようとした一羽のカラスの頭にしずくの羽が確実に刺さった感触を掴み、後ろへと大きく下がる。


 数秒後、目標物に刺したしずくの羽から閃光がし、これでもかと激しい爆音をあげ、周りのカラスごと吹き飛ばした……。


****


「フッ……、してやられたよ。視覚に頼らず心の目で自分の本体を暴くとは……」


 深裕紀そのまんまな顔のシンが仰向けになったまま、苦しく息を吐く。

 この深裕紀の存在もお馴染みのクローンである。


「お前さんが仲間を見捨てた行動がこの結果さ」

「そうか……、いくらクローンと言えど人の命には変わりないか……」

「それから、声真似のおかしなカラスだったしな」

「それに関しては、別に否定しないよ……」


 シンが震える指先で祭壇に置かれた茶色な布包みの方を指す。


「あの中に例の鏡……、三角縁神獣鏡さんかくぶちしんじゅうきょうの片割れが入っておる……。自分がいなくなる今、持ち主は君の物だ。遠慮なく持っていくがいい……」

「ありがとう、シン」

「それからこれを受け取れ……」


 シンが僕に両手を差し出してきたので、無言のまま両手をとる。


 すると、身体中が目映い光で溢れ、慌てて手を離す僕。

 次の瞬間、僕は鉄製の長剣を手にしていた。


「ヤマタイ国での最強の武器でもある草那芸之大刀くさなぎのたちだ……。重くて多少使いにくいかも知れないが、持っておいて損はないだろう……」

「ああ、すまない」 


 あの最強の竜、ヤマタノオロチとまともにやり合った剣らしく、いかにも強そうな見た目はしている。

 勿論もちろん、鋼鉄の皮膚を切り裂くための剣であり、ずっしりとした重みもあるが……。


「さて、三種の神器の残りは……ネックレスの八尺瓊勾玉やさかにのまがたまだけだな……」

「なるほど。それがロケットペンダントの本名なのか」

「うむ、そうだ……。だけど気を付けろよ……、最後の四人目の女神は……今までの三人の女神とは比べ物にならん強さだ……」

「ああ、分かったよ」


 僕は剣の柄についた紐を腰に巻き付けて、片方の鏡を持っていた鏡と合わせる。

 ピタリと吸い寄せるように接着した鏡は、今までにない力強い輝きをしていた。


「じゃあ、疲れたから自分は眠る……。起こしたら承知せんからな……」


 そう言うと、シンはまぶたを閉じて大人しく黙りこむ。

 胸の辺りが上下してるからにただ寝入っただけのようだ。


 ──サキタラシはその眠りこけた姫の場所から程よい距離をとって、四人目となる最後の女神のいる神殿に行くため、両対の羽で暗雲の海を突き進んだ。

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