第19話 いつもお主が探し当てるではないか。超能力者みたいに

「──サキタラシ!」

「……えっ、僕のこと?」

「そうだ。さっきから呼んでるのに、何をボーとしておるのだ、サキタラシ!」


 綺麗な朝顔の描かれた上品な紫の着物を着ていた美人な女性の呼びかけに反応し、手に持っていた物を足に滑らす。


「あちっあちっ!?」

「もう何ドジを踏んでいるんだ。しっかりせんかい!」


 夕暮れ時、僕は藁葺き屋根の室内にいて、何かが入っていた木のお玉から、つい先ほどまで料理を作っていたことを知らされる。


 目線の先にはたき火があり、その上に大きな土鍋が置かれてある。

 中身には山菜らしきものとなどの木の実が入っていて、焦げ茶色に香ばしい香りからしてカレーだということは分かる。


「なあ、君。僕はここで何をしていたんだ?」

「自分で調理をやっておいて、いきなり君とは何のつもりだ。私の名前はヒミコと言うのだぞ。いい加減名前を覚えんか」

「ああ、ごめん。寝起きなんで頭が冴えなくてな」

「器用な男だな。お主は目を開けて立ったまま寝れるのか?」

「実は爬虫類の血が流れていてな」


 爬虫類は冗談として、僕ことサキタラシはヒミコと一緒にヤマタイこくという場所にあるなき田舎の農村で暮らしていて、彼女とは古い頃からの知り合いらしい。


「お主どうしたんだ。毎度ながら前の日の記憶がないと言って、今回は私たちの関係の記憶すらないとは?」

「ごめん。わざわざ説明してくれてありがとう」

「例には及ばん。サキタラシにはいつも世話になってるからな」

「……引っ込み思案の私を救ってくれたのも……お主だったし」


 ヒミコが少し声を濁しながら、背負っていた銅でできた錆びついた円盤を見せる。

 彼女が無言で円盤を裏返すと、裏側はよく磨かれた鏡であり、彼女に言わせると、これのお陰で今の村長の地位まで上りつめたとか。


「えっ、その鏡で身だしなみがチェックできるようになったから、ようやく女としてモテ始めたと?」

「はあ……。今日のそなたは重症だな。この鏡をくれたことも理由も忘れとるとは……」

「ごめんよ。悪気があるわけじゃなくて本当に覚えてないんだ」

「何なら私の知り合いの医者でも紹介しようか? 少し荒手の痛々しい治療法じゃが効果は抜群だぞ?」

「……え、遠慮しとくよ」


 痛い治療法って聞いて、虫歯の治療みたいなものかと想像して寒気が走る。

 麻酔にも色んな種類があるが、意識のある治療法ほど苦手なものはない。

 僕的には眠っている間に終わらせました感の方が余計な心配をしなくて済む。


 まあ、手術だったら余計な所までやらかしても、無かったことにも出来るらしいが……国家試験や研修まで通って、よくそんな屁理屈が通用するなと言いたくもなる。


 いくら失敗して慰謝料を積まれても人間という生き物は、一度命を奪われたらそこで終わりだから……。


 ……あれ? 

 この不可思議な記憶はなんだ?


 考えを研ぎ澄ましても溢れてくるのは羽の生えた影が揺らぐ記憶のみ。


 セピア色に滲んだ一人の影はただ泣いていた。

 その理由さえも気づかずに……。


「サキタラシ!!」

「あっ、すまん」

「どうした? 今日は一段と調子が悪そうだな?」

「やっぱり例の『お守り』と言っていたペンダントがないと不安か?」


 そのアイテムを耳にした僕に一種の記憶が浮かび出す。

 高価な外見をした、いや実際にも値段が張るらしい名入れ付きのアクセサリー。


「ペンダント……って、あの金色のぉぉー!?」


 僕はそのアイテムの名にいきり立ち、ヒミコの両肩を掴んで、彼女の瞳をまっすぐに捉える。


「ああ、そうだけど……」

「そなた……ちょ、ちょっと距離が近すぎるぞ……」


 ヒミコは真っ赤な顔をしながら、サキタラシを押し退ける。

 その行為にサキタラシはハッとなり、慌ててヒミコがいるその場から距離を少し置いた。


「そのペンダントはどこにあるんだ?」

「どこと言われてもいつもお主が探し当てるではないか。超能力者みたいに」

「僕がみずから?」

「そうだな、まるでペンダントに吸い寄せられるように」


 超能力と訊いて、僕の背中にモゾモゾとした感触が伝わってくる。

 記憶は失っていても、この感覚だけは身に覚えがある。


 僕はそれらの言いがたい答えを声には出さず、胸の奥で大きく叫んだ。


 その叫びに同調するように片方の肩から出てくる一つの真っ白な翼。

 僕は片方のみの翼で自然と宙に浮いていた。


「片方のみの羽ありでも立派な羽ありか。やっぱりいつ見ても存在感が違うの」

「片方の羽か……」

「まあ、お主ならすぐに両対の翼になれるはずじゃ。それが生えたのもつい最近だったからな」

「そうなのか……」


 片方というのが腑に落ちない点もあったが同じ村人でも村長クラスのヒミコには翼は生えていない。


「サキタラシ? 笑ってるのか?」

「ああ、この高揚かんは最高だぜ」


 その特別なことに胸を踊らせ、翼を動かし、少しばかり村を一周する

 何てことないちっぽけな村だ。

 一周するまで数分もかからない。


「んっ?」


 その時、サキタラシの脳裏に何かの情報が入り込む。

『ワタシはここにいます……』のノイズ混じりの音声が混じったシグナルな信号を──。


「サキタラシ、どうした、ソワソワして?」

「ヒミコ。ちょっと出かけてくる」

「なっ、出かけるも何も、明日にはエンマ大王殿が村の抜き打ち調査とやらで来るんだが?」

「ああ、今日中に帰ってくればいいんだろ?」


 何が不満なのか、僕の答えにヒミコが怪訝そうにこっちを見返してくる。

 サキタラシはそのまま片方だけの翼を器用に羽ばたかせ、フワリと上空へ飛んだ。


「サキタラシ、待つのだ!」

「待たないよ。あら、えっさっさー♪」


 みるみる間に村が小さくなり一つの点となる村。

 ヒミコの怒声も砂時計の流れのように消え、サキタラシはひたすらメッセージが告げられた上空を目指した。


****


『──ゴツン!』

「ぐわっ!?」


 サキタラシが一定の距離を飛び、雲を突き抜けようとした時に見えない壁のような物に頭をぶつける。

 あまりの痛みに頭を擦り、動きを止め、その先の空に手をかざす。


「痛いな、何なのさ?」


 何もないはずなのに、触れた先に確かに壁の感触がする。


 でもこれが何なのか僕にも分からない。

 ただ理解できるのはここからは普通に飛んでも上には行けないことを……。


「だったら強行突破あるのみだ!」


 僕は片方の羽で少しだけ後方に下がり、充分な距離を保ったまま壁に体当たりする。


『バリィーン!』


 ガラスが割れるような音がして、僕は更なる上空へと飛び出していく。


 ──やがて辺りは夜のように暗い空間に包まれ、無数の岩が浮遊していた。

 眼下には母なる地球が見える。


「ここは宇宙なのか?」


 宇宙のわりには普通に呼吸ができるし、寒気もなく、体にも悪い放射線などの影響はない。

 不思議に思いながらもサキタラシはその上空に浮かんでいる場違いな小さな島のような物を発見した。


 ──そこへ耳に走る『ワタシはここにいます……』のノイズ混じりの音声が混じったシグナルな信号。


「そこにあるんだな、僕の求めていたペンダントが‼」


 サキタラシはその声のした島へと全速力で羽ばたいていく。

 まるで島にあるという金色のロケットペンダントを探し当てるかのように──。





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