第18話 少年の好きな女の子の天使人バージョンよ

 ──灯りも人の気配も何もない暗い空間。

 何かで濡れた床に僕は仰向けに寝ていた。


 あれから僕はどうなったんだ。

 その記憶を呼び起こそうとすると頭に電撃でも走ったように激しくうずく。

 駄目だ、どう考えを巡らせても思い出せそうにない。


 まあ、こうして生きてるだけマシか。

 

 ──段々と暗闇に目が慣れてくる。


 ゆっくりと起き上がり、警戒しながら周りを見渡しても照明の類いが一切なく、6畳ほどによる空間に錆びついたトタン屋根と殺風景な木造の建造物。


 辺りには書類の入った段ポールに、草刈りがまなどの園芸用品、古びて色が褪せたタイヤの山など……ここはいらない物を収納しておく、プレハブ小屋の倉庫だろうか?


 手元に眼鏡もないわりには視界がクリアなのも謎だった……。


 ──上半身が裸でベタベタと肌にまとわりつく液体は血の海であり、それは僕の身体から出ているものと瞬時に察する。


 指で触れて気づく、首と胸を貫いた深い穴。 

 そこからトロトロと流れる熱い傷口。

 床に流れている量からして大量出血となり、この場でショック死してもいいはずなのに、頭は冴える一方だ。


 こんな大怪我をしてるに、どうしてこんな場所で目覚めたのだろう。

 いつ死んで天に昇っても悪くはないのに……まあ、僕は地獄行きかな。


 ──その時、僕の背中に付いていたアレが引っ張られる感覚がした。

 アレと一緒に同時に皮膚も伸びているが、痛みは不思議とない。

 頭痛の方がまさっていて、その程度の痛みなら何とも感じないのだろうか。


「おやおや、少年。ようやく目が覚めたようね」


 自然と頭痛が治まり、背中越しからしわがれた女の声がする。

 振り返った場所にはボロい麻切れの布を被った白髪頭の老婆がいた。

 言葉遣いが若く感じていたため、間近で顔を見合わせてみると驚きを隠せない。


 木の杖をつき、腰が曲がった老婆の手には一本の白い羽が握られていた。

 羽の根っこには赤い液体がついているが、老婆はそれを物ともせずに、口の中にその羽を入れて咀嚼そしゃくを開始する。


「なっ、何やってんだ!? 手羽先じゃないんだし、そんなん食べたら腹壊すぞ!?」

「ムグムグ……。そのうち、少年にも分かるわよ」


 老婆が羽をゴクリと飲み込むと老婆の体が激しく光り出し、あまりものの眩しさに顔に手を覆い、両目を瞑る哲磨。


「よろこび、ここほれ、パンナコッターん!」


 パンダコッタ、肩凝ったとか、怪しげな台詞を吐いて七色に変わりいく老婆。

 しばしして、まぶしさが遠のき、光のシルエットに包まれた老婆のスタイルが変化していく。


 光の光源が止んで一分後、そこには老婆の姿はなく、代わりに長い黒髪の女性が堂々と立っていた。


「どうかしら?」

「なっ、若いお姉さんになってる!?」


 背中が曲がってないスラッとした体型のせいか、抱えてるものも意外と大きなことに気づく。  

 女性に免疫がない哲磨には、なおさら刺激が強めだった。 


「どうかな。これが羽を持つものの特殊能力の一つ、超回復よ」

「回復どころか原形をとどめてないんだけど?」

「新鮮な天使の羽を食すことで生命エネルギーをもらうのよ。この天使の羽で飛ぶと半端なくカロリーを消費するからね」

「だったら自分の羽を食べればいいじゃないか……って君の背中に羽が生えてるよ!?」

「色々と忙しい少年だね。今、天使の羽って言ったばかりじゃないか。それくらい察してくれないと?」


 女性が長い髪を指でとかしながら不用意に哲磨に近づく。


「──ねっ。同じ両対の羽あり同士、仲良くしましょうよ?」 

「くっ!」


 女性が耳に囁いた途端、哲磨が地面にあったガラス瓶の破片を持って、彼女の首に突きつける。

 その誘惑に見せかけた行為が逆に哲磨にとってのあだとなったのだ。


「お前が僕やみんなを殺したのか?」

「あははっ、少年は生きてるし、殺すなんてとんでもないわ」

「はぐらかすなよ。場合によってはここでお前を──」

「はいはい、怖い顔しちゃって。そんなんじゃ女一人も口説けないわよ。見た目プレイボーイさん」

「僕は一途なんだ。好きじゃない相手には目移りもしない!!」

「ふーん、そうなんだ?」


 女性がそのままの体勢で羽をはためかせ、後ろに飛んで哲磨と距離を置き、再び長い髪をかきあげて色香を放つ。

 暗がりで分かりにくいが、目は大きく、鼻筋が通っていて美人な女性だとは認識できる。


 ──普通の男ならこの程度で虜になり、この女性のなすがままだろう。

 だが、一途だと言い放った哲磨には全く通用しなかった。

 彼にとって好きじゃない相手は目にも留まらなかったのだ──。


「まあいいわ。私の名前はしずくよ。天使の人間なんだけど名前も地上人と一緒。君は……」

「──天使人になったとすると、例のサキタラシでいいのかしら?」

「何を言ってるんだ、この女め! 僕の仲間たちをどこにやったー!」


 哲磨が破片を振り回して、しずくとの距離を一気に詰めて飛びかかろうとする。


「ぐわっ!?」


 何かの見えない障壁で弾き返される哲磨。

 手にしていたガラスの切れはしは湯煎したチョコレートのようにドロドロに溶けていた。


「残念でした。私がこのことを想定もしないで来たとでも? まあ、分かっていても面白い反応よね」


 しずくがケタケタと笑いながら、僕の前に黒い寝袋を持ってくる。


 こっちは真面目な話をしているのに、この女性は何がそんなにおかしいんだ?


「彼氏か保護者面か知らないけど、彼女に会いたいんでしょ? この中にいるわよ」


 しずくが丸々と肥えた寝袋のジッパーを開ける。

 中には苦痛の吐息を吐きながら、目が虚ろな此処伊羅紫四花ここいらしよかの姿があった。


「紫四花ー!?」


 哲磨は紫四花の震える手を握りしめ、彼女の半身をバッグから出す。

 しかし紫四花の部分は腰回りまでとなっており、足の付け根からの部分がすっぽりとない。


「おい、大丈夫か? 痛むか?」

「……ううっ……」


 紫四花は苦痛の表情で声すらも出せない。

 それが足の痛みなのかは不明だが、目に涙を浮かべる限り、どこかが痛むことは確かだ。


「おっ、おいっ! これはどういう悪ふざけだよ!」

「だってバッグが小さいし、足が邪魔で入りきれないでしょ。だからね──」


 しずくが背中の羽から二本の棒を取り出した。

 綺麗な脚線美の対となる棒の先には赤い飾りが被せてあり、何かのお祭りの余興かと哲磨は思った。


 でも、その豪華絢爛な気分はあっさりと覆す。

 目を凝らすとその二つの棒は紫四花の二本の足だったからだ。


「紫四花ー!」

「あー、さっきから騒がしい少年よね。別に切断なんてしてないし、これは精神体の足だし」

「確かしずくとか言ったな。お前なんて警察の力で永遠に牢獄行きだ!」


 哲磨はズボンのポケットからスマホを出して、通話を試みるが……。


「……なっ、圏外かよ?」

「フフッ。こんな天界の狭間で人間ごときのアイテムが通用するわけがないでしょ」


 しずくが口に手を当てて、大きな声で笑う。

 何か色々と気に食わないヤツだな。


「……さあ、サキタラシ」

「また天界の地球に下りたって、活きのいい羽を私に食べさせてよね」


 しずくが唇を軽く舐めて、小悪魔っぽく哲磨を誘惑するが、彼は何の興味も抱かなかった。


「サキタラシじゃない、僕の名前は哲磨だ!」

「はいはい、じゃあ、少年。いつものようにヒミコと仲良くね」

「ヒミコ?」

「そう。少年の好きな女の子の天使人バージョンよ」

「……えっ? と言うことは?」


 僕の答えには耳をかさず、指をパチンと鳴らすしずく。


「ああ、もう時間切れみたいね」

「えっ?」

「……またね、てっちゃん♪」

「てっちゃん言うな」


 そのしずくの指パッチンに反応したのか、次の瞬間、僕の足元に大きな穴が開く。


「うおぉっ!?」


 ここはただの小屋じゃないのか?

 僕は叫ぶ間もなく、あるはずのない雲海へと落ちていった……。


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