第24話 もうあんな辛い想いは二度とさせません
「……何だって? そりゃ大ごとだな!」
「──ああ、その件については了解だ。今から車で速急で行くから待ってろ‼」
──僕との話を遮ったようにテルのスマホの着信が鳴り、通話に熱心だった彼に新たな用件が出来たらしく、『じゃあな、また今度な』とぶっきらぼうに一言だけ告げ、いそいそと帰っていく。
通話先の対応からして、身近な仲間だろうか?
あんなに僕らに暴言を奮っていた同一人物とは思えず、その感情に懐かしさを覚えた。
やっぱり思っていた通り、テルはテルで居てくれた。
どんなに性格が歪んでも内面さは変わらないんだな……。
言葉数の少ない内容からして、今度なのは明日か、明後日か、一週間後か、もしくは粗大ごみの日か。
そうしてテルが反乱した嵐のような戦場は落ち着きを取り戻して平和となり、数分が経過した……。
「なあ、テルはどうしてああまで変わってしまったんだ?」
「えっ、今日のことは日常茶飯事なのに何を今さら言うのでしょう?」
あっ、思わず口が滑ってしまったな。
僕としての意識が目覚める前に、この世界の僕がすでに存在してるんだったな……。
鏡に映る僕の頬は痩せこけてるが、どう見ても十代そのもの。
この世界の
彼には視覚から見るだけではなく、きちんとした情報を知る権利があった。
「いやー、テルに殴られた時に柱で頭をぶつけてあやふやでさ。俗にいう一時的な記憶喪失というものかな」
「それは大変です。どれどれ、頭を見せてもらえないでしょうか?」
「いやいいよ。こんなの自然に治るよ。それより、テルはいつからあんな乱暴家の別人の雰囲気になり、大富豪になったんだ?」
「仕方ありません。元から
「哲磨君、インスタントで悪いかもですが、コーヒー淹れますね」
「ありがとう」
紫四花からコーヒーが注がれたマグカップを手渡される。
湯気が立ちのぼる情景に緊張の糸がほどけ、哲磨は腫れた頬を指でさする。
傷は紫四花が手当てしてくれたガーゼで覆われているが、ヒリヒリとした痛みは残ったままだ。
「痛みますか?」
「ああ、何てことないよ。テルの野郎、手加減も出来ないのか。思いきりグーで殴りやがって」
……かと言ってチョキで目潰しも、パーで平手打ちされるのも嫌だけどな。
何も身に覚えはないのに痛いのはゴメンだ。
「哲磨君。立ち話も何ですし、とりあえずその辺に座りましょうか」
「それもそうだな」
僕は紫四花が座った傷だらけの古びたテーブル席で背筋を伸ばし、彼女からの真相を受け入れる気持ちを固める。
紫四花は『そんなに力まないでいいですよ』と少しだけ笑いかけ、穏やかに語り出してくれた。
「──事の発端は半年前に手に入れたという二つのアイテムを見つけてからでした」
「そのアイテムとは?」
「ええ。彼の自宅にあった開かずの金庫に保管されていた物で、円状の大きな銅の鏡と、金で出来たロケットペンダントでした」
──銅で作られた鏡の正式名称は
ネットの古道具屋による鑑定家によると、西暦二百年頃、
手垢のDNAから知れた鏡も貴重な代物だったが、もう一つのアイテムもとんでもない代物だった。
ペンダントはネックレスが繋がり、当時では珍しい純金製で作られた高価な作りで、繋がった先には名入れもあり、開けると卑弥呼の貴重な自画像が描かれた和紙が折り畳まれていた。
テルはこの二つのアイテムに金の匂いがすると即座に察し、ネットオークションで二つのアイテムを売りに出した。
すると両品ともレプリカではない理由として、本物相応の値段が付き、コレクション心をくすぐる資産家によって高額で落札されたのだ。
その落札額は億単位の金額とされ、続けてネックレスも当時にしては貴重な金や和紙を使用していた概念から、こちらも億単位の値段が付き、たった二つのアイテムを売却しただけでテルの銀行口座に相当な金額が流れ込んだ。
莫大な財産を手にしたテルはこんな機会もそうそうないと察し、高校を卒業した直後、親の名義で自らの名前でもある
しかし、無名からの立ち上げもあり、ここで普通に企業をしても金にならないと認識したテルは大学のサークルの先輩から裏の匂いが漂うヤミ金融の実態を知らされる。
──人間の欲望の一つでもあるお金。
どんなにお金があっても困らないし、逆にお金が無くては生活が出来ない。
ヤミでお金の流れを円滑にするヤミ金融は何もないスタートから稼ぐ手によってはハズレのない儲け口とされていた。
──こうしてヤミ金融を中心に富を得たテルはこれらの財産を利用して、自身の両親や警察さえも丸め込み、表向きには普通の金融企業という看板にして、警察の目さえも欺いた。
警察は事件が起きてからではないと動けないことをうまく利用して──。
「──わたくしの
「確かに好き好んで悪の道に足を踏み入れたくはないよな。分かってるならなおさらだ……」
そうか、話の流れからして、いつの間にか僕の高校時代の青春は過ぎ去ったのか。
そこで哲磨は一呼吸つき、背中越しにある仏壇を親指で指し示す。
「それで話は変わるが、
哲磨はすっかり冷めたコーヒーをすすりながら、今度は深裕紀の死因について訊いてみた。
あの明るい性格で健康体の彼女がいなくなってしまったことがにわかにも信じられなかったのだ。
「その事の記憶も思い出せませんか? それが原因で大学を中退し、そのような心の病気になったのにも関わらず……」
「ごめん、訊いていたら思い出すかもって……」
紫四花が天井にある黒いすすのような跡を指さして、僕に言葉を繋げる。
「哲磨君が住んでるこの家は一度火事に見舞われたのですよ。あのすすを残したのも、新築で建て直さなかったのも、あの時の悲惨な出来事を忘れまいとあなた自らが業者に指示をしてですね……」
「えっ、そんなに激しく燃えたのか?」
「ええ、あと少しで全焼でしたが……」
ふと僕の記憶にある情報が流れ込んでくる。
燃え盛る炎の中で深裕紀と共に外へと逃げる結末を……。
夢にしてはやたらと生々しい。
これは僕の過去の記憶なのか?
「確か、僕はその時に何者かに腹を刺されたんだよな?」
「そうです。幸いにも駆けつけたレスキュー隊により、意識は回復しましたが、その時のショックで永遠に癒えないトラウマを負ってしまって……」
「それでテルが僕を病気持ちと
僕は紫四花の方から深裕紀の仏壇に向き直り、深々と頭を下げる。
「深裕紀、守ってやれなくてごめん」
「……哲磨君」
紫四花が僕の背中に顔を埋める。
ここからじゃ心境は分からないが、彼女が僕の服にしがみつき、泣いてる仕草だけは感じ取ることはできる。
「起きてしまったことを悔やんでもしょうがないですよ」
「それもそうだな……うっ!?」
突然、僕の身体が金縛りのように動かなくなる。
全身に力が入らなくなり、急に心が切なくなり、どこからか見えない痛みが生まれると、意図もなく涙腺から悲しい粒が溢れ落ちた。
感情から飛び出してくるのは大好きだった深裕紀と過ごした懐かしい想い出たち……。
「……うああああっ‼」
僕はすぐさま、元の意識を取り戻そうと手を伸ばした先には優しい笑みの紫四花がいた。
彼女は哲磨を胸に抱き締めて子供のように哲磨の頭をそっと撫でていた。
「大丈夫ですよ。わたくしがずっと傍にいますから」
「もうあんな辛い想いは二度とさせません」
紫四花の顔に安らぎを感じ、不意に眠気に襲われた哲磨はそのまま深く意識を閉じた。
先の見えない深い深い闇の奥へと……。
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