第25話 同じ魂を授かった生き物としても、与えられた時間は無限ではないのだから……。

 ──あの騒動から次の日。

 どこからか一羽のニワトリが自分の生きざまを主張するように、これでもかと音痴な鳴き声をあげる朝の5時。


 昨日、早い時間から気絶したように寝入っていた哲磨てつまは朝早く目覚め、ぐっすりと寝ている紫四花しよか姉妹に気づかれないよう、音も立てずに一人で家を出る。

 昨日の深裕紀みゆきとの想い出が浮かび出たときに部分が引っかかり、個人的に思い当たるふしがあったからだ。


 ──それは哲磨がさっきまで眠っていた状態で糸口が掴めた。

 これに関しては彼にも推測できなかったことでもあった。


 ──まさかとは思っていたけど、あの人とあんな繋がりがあったとは……。


 僕が色々と病気で苦しんでいた間でも、あの人は今もあの場所に居るだろうか?


 朝露に濡れた草むらを背にアスファルトを駆け足で踏みしめながら、そこで哲磨の夢のフィルムがゆっくりと再生される──。


◇◆◇◆


 ──僕は光が一切ない暗闇の世界に立っていた。

 別に暗いから周囲が見えないことはなく、夜目が効いてるように周りが見渡せる。


 この変化のない景色は、僕の記憶の引き出しから思い出せる。

 確か、頭上から顔も知らない女の人の声が聞こえて言うんだったな……。

 転職とまでは言わないが、どれか好きな道を選べと……。


『どういう気分だい、この僕の存在を打ち消すような世界は?』


 だけどそれは淡い期待を裏切って終わる。

 暗がりから聞こえてきた声は予想外の若い男の声だったからだ。


「誰だ!!」

『おいおい、酷い言い分だな。自分自身の声も分からないなんて重症だな』

「はあ? 僕自身だと?」


 意味不明な発言をしてくる闇の声に僕の頭は早くも混乱していた。


『まあ、声だけだったら警戒されるのも無理もないか』

『よっこらせっと‼』


 何も腰かける場所もない上から予測もなしに飛び降りてくる一人の高校生くらいの男。


 男は白いアヒル柄のお茶目なプリントTシャツを着ていて、カールパーマの黒い髪を乱雑に掻く。

 その男は僕と似た眼鏡をかけていて、飛び降りた際にずれたその眼鏡を指で整えていた。


 そんな仕草や服装に、無理にカッコつけた髪型という見覚えのある人物に、僕の中での疑問の壁があっさりと崩れ去っていく。


「お前は僕なのか?」

「そうだよ。僕はこの夢に深く沈む僕でもあり、君は僕に憑依したような身。まあ今は君による肉体でもあるけどな」

「肉体? 何を言ってんだ?」

「まあ無理もないな。普通なら考えられないもんな。そうだなあ……」


 もう一人の哲磨が頭を『うーん……』と捻りながら、その場にあった小さい石ころらしきものを迷いもなく蹴る。

 転がった石は平たい地面から不意に消えて、一瞬だけ『ヒュー』と風を切るような音がした。


 ──恐らく例の三つある穴によるの場所に転がり落ちたか。

 まあ、今は真顔で寝惚けたことを喋り出したの僕の方が最優先でもあるが……。


「あの石が唐突に消えても無反応からして、この世界のことはご存じのようだな」

「ああ、思い出したよ。あの穴に落ちたら宇宙らしき場所に出るんだろ?」

「ははっ。生身の人間が宇宙服も無しで宇宙空間で生きられるわけがないだろ。あれは宇宙じゃなく、あの人が作り出した空間だとしたら?」


 確かに宇宙には大量の放射線があったり、酸素がなかったりと明らかに普通には過ごせない。

 ましてや無重力だから、移動もままならないはず。


 じゃあ、あの眼下にあった青く輝く星は何なんだ?

 その母なる星に大気圏に突っ込んだ感覚は今でも覚えてるし、あの大きさとリアルさは誤魔化しで何とかなる代物じゃないぞ。


 僕は次に返す言葉を失い、もう一人の哲磨に言われるがままになっていた。


「ここは肉体から抜け出た幽体がさ迷う天国と地獄の狭間さ」

「……それならもう知ってる」

「何だ、自分ながらつまんないな」

「ここに来るのも初めてじゃないからな」


 僕は何度も命を散らして、あの時、偶然にもこの場所にやって来た。


 最初は意味が分からなかった。

 何かしらと命を失う度に記憶が飛んで、別の世界で意識を取り戻していたからだ。


「しかし死んで時間を戻れたのにも関わらず、一度だけこの世界に来れたのも不思議だな」

「フッフッフ。何か勘違いしてるみたいだけど、君は一度も死んでいないよ。その疑問にお答えしようか。名探偵ワドソン君」


 どうやら、もう一人の哲磨は僕の趣向と同じく推理ものが好物のようだ。

 今度、推理小説でも持参して来ようか。


「あの時、君はペンダントから天使の羽を生み出して命を狙われたよな?」 

「その羽が関係あるのか?」

「超回復、超移動という羽の力に加えて、あのペンダントには羽を引き金とした記憶の維持というものがあるんだ」

「それで記憶が曖昧な状態があったのか……」

「まあ、この世界に来れたことは偶然の産物かも知れないな。ここは身体を抜け出た魂が最終的にやって来る場所でもあるから」

「……つまり現時点でも生きていて、魂だけが離れてる幽体離脱ということか」


 ……ってことは僕は魂だけでこの世界にノコノコとお出まししたのか。

 だったら、あのサキタラシとやらの存在は一体誰なんだ?


「いや、ここは君の夢が生み出した深層心理であり、ヤマタイこくの世界はもう一人の君がいたパラレルワールドな別世界さ」

「人の思考を勝手に読むなよ」

「しょうがないさ、何せ、僕自身の体でもあるんだから」


 あれか、よく恋愛で耳にする離れていても心と体は繋がってるという縁結びのおまじないみたいな話し。

 まあ、同性には恋愛対象はないが、心が読めるなら迂闊な考えは出来ないな。


「これは羽ありでも異例の能力でね、ただ単に生きるか死ぬかのギリギリな瀬戸際を経験して死んだと見せかけ、時間を逆戻りする他に、あの別世界にも戻れる特殊な力もある。おまけに戻れる直前にペンダント付きだと記憶も引き継がれるときたもんだ」

「そんな君の別世界の名前はサキタラシ。フルネームはトテツヤマサキタラシ。よく噛み砕いて名前を消化(連呼?)してみてよ」


 トテツヤマ……。

 トとヤの文字を外してみて、ようやく僕が見てきた人の謎が解ける。


「それでサキタラシ……なのか……」

「ご名答。さっきからキレのある判断力で助かるよ。お陰様で余計な説明の手間が省ける」


 もう一人の哲磨により、サキタラシが僕だったことを認識しつつ、脳裏にヒミコの姿が目に浮かぶ。


「……ということはあの世界にいたヒミコは……」

「そう、君にとって大切な深裕紀の分身体だよ。だけど君の不用意な行動により、別世界の彼女を殺してしまった。本来ならあの秘められた鏡の力で永遠の命が手に入る天界に行けるはずだったのに……」


 僕はそこまで真実を知って、もう一人の哲磨から離れる。


「おい、まだ僕の話は終わってないぞ?」

「いいや、僕にも思い当たる節があるからな。あとTシャツだけじゃ風邪ひくぞ。若いからと意気がるのもいいが、上に何か羽織れよ」


 真実を知った上で、これ以上もう一人の僕から話を訊いても無意味なだけだ。

 僕の考えでは、この場所に居るだけでも時間は過ぎていくはず……。


 人間、思い立ったら行動あるのみ。

 同じ魂を授かった生き物としても、与えられた時間は無限ではないのだから……。


「おい、聞こえてるだろ? 病気持ちか寝不足か知らないが、のんびりと赤子のようにグースヤと寝てる暇はないぜー‼」


 僕は自分のほっぺを指で思いっきり摘まんで、大声でから目覚めさせようと叫ぶ。


「アイタタタ……この感触、やっぱり僕は憑依してる身なんだな」


 自分の体ながら凄い痛みを感じる。

 それもそうだ、幽体の僕が奥底で眠ってるが夢を見ている頬を直に引っ張っているんだから。


 平たく言えば寝ている他人を起こしてる状況だ。

 僕はサキタラシの正体を知り、これまで欠けていたパズルのピースが揃ったような気がしていた。


 それが判明した以上、こんな無意味な夢の世界にいる必要はない。

 時間は無限なのではなく、有限でもあり、動ける時間は限られているのだから……。

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