第26話 俺の姉貴が勤めてる店なんだから定期的な顔見せは当然だろ?

「いらっしゃいませ!」


 正午過ぎ。

 店内に入ると同時にカウンターに備え付けたレジから女子高生くらいの店員の挨拶が響き、僕はその子に声をかけてみる。


「あの、すみません。東峰岸あずまみね店長はいる?」

「あっ、はい。店長のお知り合いでしょうか?」

「ああ。昔ここでバイトしてたんだ」

「そうなのですね。これは失礼しました。あの、もしよろしければお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

安良川哲磨あらかわてつまだよ」

「はい。安良川さんですね。今お呼びいたしますので少々お待ちください」


 女の子と一通りの会話を終えた僕は彼女がレジから離れると今度は周りを見渡してみる。


「……懐かしいな。この場所も」


 壁に大量に貼り付けてあるこの店の広告に、マスコットキャラのワンちゃんのイラストが描かれたポスター、カウンターのショーケースに並ぶコロッケや唐揚げ、かき揚げなどのお総菜。

 そして、調理油などにより茶色く黒ずみ、天井の角についた年期の入った染み。


 それらの相乗効果か、少し風化されたイメージだったが、掃除や整理整頓は行き届いており、昔と変わらない店内。

 僕はしばしの間、その懐かしさに心を膨らませ、一時の余韻に浸っていた。


「ひょっとして君が安良川くん?」


 背中から年輩の女性の声がして、後ろを振り返る。

 長く赤茶色に染めた髪をポニーテールにし、少し歳を重ねた様子に見えるが僕の見知った彼女と同じ姿のままだった。

 さっきの店員と入れ替わりに出てきたのは僕に対しての配慮だろうか。


「東峰岸さん、お久しぶりです」

「あっ、やっぱりそうなのね」


 東峰岸が哲磨の両手を手に取り、子供心のようにはしゃいで見せる。

 そこには店長という面影はなく、僕に温かく接してくれる母親のような感触だった。


「いきなりこの店を辞めると聞いたものだからびっくりしたのよ?」

「こんなにもガリガリに痩せちゃって。ご飯ちゃんと食べてる? 体は大丈夫なの?」

「あははっ、東峰岸さん、お袋じゃないんですから。色々と心配しすぎです」


 僕という餌に食いつきすぎる店長とやんわりと距離をとると、店長も我に返って慌てて握っていた手を離す。


「もう君があの事故がきっかけで辞めて一年が経つのよね。橋ノ本(はしのもと)さんの件はご傷心しちゃうわ」


 この店の風景は変わらずのままだが、深裕紀みゆきを亡くして無気力になってそんなに時が過ぎていたのか。


「あんなにも楽しく仕事をしてたのに、あの事故から気力も笑顔さえも無くして……。余程、深裕紀ちゃんが好きだったのね」

「はい、今でも心の底から大好きです。でも、その深裕紀が事故ではなく、意図的に殺されたとしたらどうします?」

「はあっ、何言ってるのよ? 相手はお酒を飲んでいたし、偶然、室内にいた深裕紀ちゃんへと必要もなしに突っ込んできた無差別テロのような人物だった。それは避けられない運命だったのよ」

「その件なんですが……」


 哲磨は背負っていた青いバッグから、緑のバインダーを出して、東峰岸に見せるようにページを開く。

 各ページにはコピーした新聞のスクラップ記事が挟まれており、哲磨はそのページを丁寧に捲る。

 これは、ここに来る前に街中の図書館に寄って新聞の資料をコピーしてきたものだ。


「彼女が酔っぱらいの類いから逃げて事故死したという部分の記事は一切ないんですよ」

「ただあるのは室内で何者かに意図的に殺害された他殺の件があるという……」

「ああ、そうなのね。どうも歳を重ねると記憶が曖昧でねー」


 東峰岸さんは明らかに何かを隠している。

 だから僕はしびれを切らしてあの事件のことを口に出した。


「僕の家が火事にあった時に深裕紀もいた。犯人はただの酒浸りの放火魔ではなく、最初から彼女の命を狙っていたのではと……」


 深裕紀はああ見えて意外と勘が鋭い所もあり、自分の身に危機が迫っていたら親譲りの自慢の武術を駆使して犯人を逆に捕られるはず。

 ましてや彼女の暮らす家だと、一緒に住む格闘家を極めた父親が黙っていないだろう。


 そこで犯人は思考を巡らせた。

 深裕紀には仲の良い幼馴染みという僕が存在する。

 僕の誕生日となると部屋の飾り付けやパーティーの料理作りとやらで、僕の家に単身で向かうはず。

 一人で行っても僕という用心棒もいるからだ。


 だったらそれを引き金として、僕の誕生日パーティーを理由にして僕の家もろとも葬ってしまえと……。


「……あの火事の時に僕を殺そうとしたのもあんただったんだな」

「あははっ、さっきから何を言ってるのよ。この場で推理漫画のネタ披露? お父さんの血は争えないわね」

「そう、その漫画なんだよ」


 僕が横目でカウンターの横の本棚に目を移すと、そこには刊行順に律儀に並べられた本の山。


 その本はすべて紙の漫画の本で背表紙には『トテツヤマの大家』と書かれた筆者の名前がプリントされてある。


 トテツヤマとは異世界での僕の名前でもあり、トテツヤマサキタラシそのものでもありうる。

 後に付いてるというのは僕のから文字って取ったものだろう。


 そう、僕の父親は漫画家であり、母親はそのアシスタントをやっている。

 トテツヤマと異世界での名前が偶然に一致しても、その後の大家は偶然にしては出来すぎてる。


 実は、深裕紀との想い出と共に過去に蘇った記憶から東峰岸が怪しいとここに来店し、懐かしさのあまりにこの店内を見ていたのは現場での証拠を握るためだった。

 皮肉にもこの漫画本が東峰岸を犯人を決めつける題材となったのだ。


「こうまでして初刊の漫画本を陳列してるんだ。あんたは昔から僕の父親を好いていて根っからのファンでもあったんだろ。だけどある女性と結婚するという話を耳にして、復讐に身を委ねるようになった……」

「海外から両親が帰ってくることを予め知っておき、深裕紀と一緒に火の海に放り込み、何の関連性もない事件へと結びつけた……」

「深裕紀の命を狙ったのは詳しくは不明だけど、僕の家族だけを狙うのも不自然すぎるからね……」


「あははははっ。とんだ名探偵がいたもんだわ‼」


 初めは慌てふためいていた東峰岸だったが、段々と哲磨の言葉に動じなくなり、大声で笑い出した東峰岸は携帯灰皿をカウンターに置いて、もくもくと煙草を吸い始めた。


「それであたしをサツでも突き出すわけ? 少年?」

「少年とは懐かしい響きだな。お前はやっぱり……うっ!?」


 そんな僕の横っ腹に予想外な素手のパンチが当たっていた。

 不意で一瞬の攻撃で油断したせいか、呼吸が出来なくなり、脂汗を浮かべながら片ひざを床につく。


 店長は僕の目の前から一ミリ足りとも動いていない。

 第三者からの攻撃なのか?


「そのわりには殺気を感じなかったけど……?」

「そりゃそうさ。俺らは元はと言えば親友だろ? さっきは少しやり過ぎたけどな」

「テル? どうしてここに?」

「どうしてって、俺の姉貴が勤めてる店なんだから定期的な顔見せは当然だろ?」


 テルが僕を店長の方に横たわらせると背中側の東峰岸さんが僕の口に何かのハンカチを当てる。

 それと同時に唐突に薄れていく僕の意識。


 しまった。

 追いつめたつもりが逆効果で、この展開は誤算だった。

 まさか東峰岸さんにテルという弟がいたとは……。


「全く、腹が減ってイライラしてたんで、ちょっと飯を食ってからこの店に来てみればこれだぜ」

「あのねえ、この一大事に外食する暇なんてないでしょ?」

「だったら電話じゃなくて姉貴から来いよな。俺は色々と忙しい身なんだぜ?」

「忙しいと言っても借金の取り立てでしょ。それじゃあ、やってることは暴力団と変わらないじゃないの」

「しゃーねーだろ。上の幹部からの命令だし、俺に企業の後押しをしてくれたのもあの人だし。それに電話で話してたあの件はどうなった?」

「ええ、ここじゃあ何だし、いつもの部屋に行きましょう。休憩中の神内じんうちさんと新人のお嬢ちゃんにちょっと店番をお願いするわ」

「あのおばちゃんのことだから、『はいさ‼ 若い娘と切り盛りするさ!』とでも言いそうだなw」

「あのねえ、こんな時に何の冗談よ?」


 正直、二人が何の会話をしてるのかは訪れてくる眠気のせいで判別しない。

 ただ分かるのは腕に当たる注射器のような針の質感と二人の下品な笑い声のみ。


 僕がどう足掻いても、世界はそうそうに変えられないのか……これじゃあ僕がわざわざ遠方から来た意味がないじゃんか……。


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