第33話 模造品のようなアイテムがまだ転がっているかもと……。

「これは一体全体どういうことだ……」


 エンマを無事に倒し、ヒミコをおさとした村の集落に帰ってきたのだが、村全体はすすの固まりで黒くなった木材となっており、寂しく風にさらされていた。


 その現状からして、炎で建物を焼かれた形跡が感じられ、何かしらの原因で村に火がついたとしか考えられない。


「わ、私の村が火災にあって……」

「いや、落ち着けよ。火事どころの騒ぎじゃなさそうだ。これを見てみろよ」

「ひっ!?」


 床に転がっていた一人の村人をヒミコに見せると彼女は声にもならない悲鳴をあげた。 


 それもそのはず、黒焦げになった村人の肩から腹の部位がザックリと切り裂かれており、中から熱で破裂した臓器が覗いているからだ。

 その一撃が致命傷だったのか、両目をひんむいたままで、もうすでに息の根もない。


 焼死体は何も語らないが、肩からの深い切り傷が痛々しく、苦しみもがいて命を亡くしたことが表情からでも見てとれる。


「火事場泥棒と見せかけて何者かが村人ごと、この村を焼き払ったみたいだな」

「酷い、まだ子供なのに……。弱い女性たちもすでに息が……」

「女子供でも容赦なくか。それにこの骨を断つような切り口は刃物、しかも剣か。余程の切れ味がないと骨ごと断ちきれるはずがないが……」


 切り口が綺麗で見たところ、一振りで切り裂いたようでもあるが、それでもこれほどの切れ味がある剣があるとは。


 恐らく村人を殺ったのは複数の剣士だろう。

 だが、どんなに腕を積んだ腕利きの剣士でも一撃で葬れる実力があるとなると、自ずと考えが変わってくる。


 サキタラシの本能が騒ぐ。

 ここに長居しては危険だ。

 無差別的に手を下したということは、今度は僕たちが狙われて、鋭い刃先を向けられると……。


「ヒ、ヒミコさま……」


 僕の足元にいた一人の村人が、か細い声を出し、宙に小刻みに震える手を伸ばす。

 サキタラシはその村人の前にしゃがんで、火傷で爛れて伸ばした手を優しく握ることしかできなかった。


「もしや、この手はヒミコさま? ……ワシはもう……何も見えませぬ……」

「ああ、そうだ。じいさん、誰からやられた?」

「すみません、もう……ほとんど……声も届かなくて」

「そうか。今はゆっくりと休むといい」

「はい……、最後にヒミコさまに……介抱されて嬉しい限りで……」


 じいさんは最後まで言葉を発せずに僕の腕の中で脱力し、両目を閉じ、静かに息を引きとった。


「ううっ、女、子供だけでなく、年寄りにまで手を出すとはあんまりだ……」


 ヒミコが涙を溢しながら、動かなくなったじいさんの手を胸の上に組ませ、両手を合わせて祈る。


「ヒミコ、ここで泣いてる暇はないぜ」

「それは理解しておるが、この村の住人は家族のようなものだったからな」


 ヒミコの悲しみも分からないでもない。

 でも、ここで悲しみにくれても失った時は戻らない。


 ならば、この狂った世界を変えてやる。

 サキタラシは一人で納得しながら、背筋をまっすぐに立てて、背中から天使の羽を大きく開いた。


「サキタラシ、何の真似じゃ?」

「ああ。あの神殿に行けば、この村を救える手段ができるかも知れない」

「なっ、お主、あの神殿の場所を知っておるのか!?」


 僕の発案に涙を服の袖で拭いたヒミコが戸惑いを見せてくる。

 何をそんなに動揺してるんだ?


「実はの、私はあの神殿に住んでおって、当時は天界の神をやっておった」

「まあ、そんなことだろうと思ってたよ」


 最早もはや、何を聞いても驚かないサキタラシ。

 彼は両対の羽を羽ばたかせ、ゆっくりと空を舞う。


「サキタラシ、お主も元は神だったんだぞ。当時のエンマに逆らい、その制裁によって、この地上に下ろされた身であるが」

「制裁って何だよ?」

「お主が当時の女神と恋仲に落ちたからだ」

「へっ、ヒミコ相手じゃないの?」

「違うわ。もう何も覚えてないのだな。まあ無理もない。お主はもう脱け殻だしな」


 僕は人間ではなく、ヘビか昆虫か、何か別の生き物だろうか。

 サキタラシはそう心の声を漏らし、首を傾げると、ヒミコは屈託もなく笑った。


「サキタラシ、そんなに記憶が薄れているなら、私も一緒に行った方が効率がいいだろう?」

「まあ、確かに不安はあるな……」


 サキタラシは一旦、地上の村に下りて、ヒミコをお姫様抱っこする。


「なっ、サキタラシ。何を考えておるんだ!?」

「何って言われても、こうしないと運べないじゃん。それとも肩車の方が良かったか?」

「お主、言ってることがセクハラだぞ?」

「この世界にもそんな用語があるとはビックリトンテキだな」

「お主はふざけてるのか? それとも真面目な冗談のつもりなのか、掴めん男だな」

「そう簡単に捕まえられたら、面白くないだろ」


 ──サキタラシはヒミコを抱えたまま、大きく飛翔し、超移動を使用したマッハな速さで青い空を一気に突き抜けた。


「おわっ、速すぎるぞ、サキタラシ! ちょっとはスピードを落とさんか!?」

「普段は能面なヒミコでも怖いものはあるんだな」

「当たり前だ。私は生きてる身なんだぞ!」

「生身なのは僕も一緒なんだけどな?」

「……そうか。そこの記憶すらもないのか。せめて、あのペンダントがあれば……」


 僕の刺し身トークの聞き返しに、意味深な口振りをするヒミコ。


「あの? ヒミコ嬢?」

「いんや、乙女の戯れ言よ。気にするな。それよりも急げ」


 少し影のかかったヒミコの横顔が七変化のように不機嫌な表情へと変わる。

 どうやらヒミコには余計な心配は無用だったようだ。


「やれやれ、速いなど、遅いなど、色々とワガママな乗客だな」


 田舎育ちのお姫様に難癖をつけながら、サキタラシは例の大気圏のバリアを超移動の壁で打ち破り、星空が浮かぶ宇宙空間に佇んでいた。


「この宇宙にはいつ来てもなれないな。こうやって息も出来るし」

「宇宙というか、創造神が作り出した世界の一部だけどね」

「世界の一部?」

「まあ、そのうち嫌でも分かるだろうしな。それよりも例の神殿はあの場所だろう?」


 ヒミコの指し示した先には石で作られ、何年も年月が経ち、風化した神殿が浮かんでいた。

 サキタラシは即座に近付き、石の床に着地すると、休む暇もなく、いそいそと神殿を探索し始める。


「まずはあのペンダントを探すんだ。アレがないと上手いように現実世界に戻れない」

「ん? 現実とは何だ?」

「いや、そこは聞き流してくれ。ただの男の妄言さ」


 僕は期待しつつも、微かな可能性に賭けていた。

 あのロケットペンダントもコピーされた複製品であり、現物はここに眠ってるかもと……。


 もしかすると、ここに模造品のようなアイテムがまだ転がっているかもと……。

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