第5章 夢を夢で終わらせる感覚
第32話 これからも我輩はお前さんと一緒だと──。
ここで、話はエンマがこの世界から消える前に遡る──。
◇◆◇◆
「ああ、エンマ、何ということでしょう……」
六畳ほどの暗がりにいた女は紫のハンカチにのせた水晶玉からのエンマの最期に言葉を濁してしまう。
声は若々しいが、女は察しの通り、エンマの妻でもあり、これまでエンマと協力して、この世界を支配していた身でもあった。
「……そうだ。我輩はサキタラシに見事に敗北したのじゃ」
憔悴していた妻の前に出現したエンマは、透明な体をちらつかせて不甲斐ない顔をした。
どうやら幽体の状態でかみさん=奥さんに別れを言いに来たらしい。
「そんな……。歴代最強のエンマの称号を得ているあなたが負けるなんて……」
「じゃが、不思議と後悔はしておらんよ。まあ、あのしずくが渡したアイテムにしてやられたけどの」
「えっ、しずくのアイテムって? あの神の遺産というものですか?」
いくらエンマの奥さんが遠方からエンマに補助魔法をかけ続けたとしても能力には限界がある。
陶器のお皿に細かい衝撃を与えていくと、目には見えない傷が増えて段々と脆くなり、最終的にはそこからの衝撃でお皿が割れてしまうという理屈。
あくまでも補助魔法は補助としての役割しかできず、直に強力な爆弾を付けられたら、対処の方法がない。
拳銃を持ったテロリストに丸腰で挑むようなものだ。
まあ、エンマは大剣の所持をしてはいたが、いかせん向かってきたのは飛び道具だし、天使がくれた違法に近いアイテムとくれば、例え、力量のあるエンマだろうが敵わないはず。
何せ、あの巨大な象も楽々に吹き飛ばせる力があったからだ。
ビバ、ニュー四文字熟語、誇大妄想ー!!
「エンマ。
「いや、創造神はお前さんがなるべきじゃ。しずくは遺産を地上人に無断で分け与えた罰として、正式に神の座を下りることになるだろう」
「つまり堕落ということですね」
完璧だと思われていたしずくの管理体制にも隙というものができた。
人間に対する情が己の身を滅ぼしたのである。
「じゃがな、我輩にも心残りというものがあるんじゃが?」
「何なりとお申し付けを」
「我輩の頭が偶然にも無傷で残っていての。あれをうまい具合にお前さんの能力で遠隔操作出来ないかの?」
「お安いご用ですが、エンマらしくもありませんね。どうしましたか?」
「あの草原は前の大戦の流れか、トラップ用の底無し穴が多いじゃろ?」
サキタラシとエンマが熱い戦いをしたクレナイオオソウゲンはその昔、しずくとヒミコによる神の座をかけて激しく争った場所でもあった。
その草原に幾度もの部下や仲間の死体が転がり、草地はおびただしい血で覆われていく。
クレナイとこの無名だった大草原に後付けで名前が付けられたのも、この惨状がきっかけだったのだ。
──血で血を流す長き争いでしずくとヒミコは両者とも引けをとらなかったが、元から天使の羽を持っていたしずくが段々と優勢になり、ヒミコは敗北。
だが、それでは不平等過ぎるという他の神の言葉により、ヒミコにはこの世界での地上での神になれるようにと、地上の神としてヒミコを崇めることにした。
これが俗に言われるヤマタイ
そこへサキタラシから、ヒミコの出世祝いプレゼントとして、どこかで手に入れた銅の大きな皿のような円盤をもらい、その大きさゆえに使用法で悩んでいたヒミコが、とりあえず天気のいい日に陰干しでもしようかと円盤を持って出た途端、状況は一変した。
これまで鈍い光を放っていた地味な円盤が太陽の光を得ると、肉眼ではまともに見れないほど眩しく光輝いたのだ。
ヒミコはそこからヒントを利用し、この太陽で光る円盤、いや、後で言う鏡とやらを上手く操って、隠れ住んでいた自分の素性を鏡の光で隠すことにした。
そうして顔さえも太陽のように眩しいほどの顔立ちとなり、まともに拝めない村長の存在となったヒミコは、いつかしら高貴な女性となり、やがて、太陽の巫女という別の名称をつけられるようになったのだ──。
「──でも、まさかのエンマ大王とも呼ばれるお方が二人の女性ではなく、無名の青年の肩を持つとは」
「アハハッ。この世の中、弱い者について状況を見守った方が色々と面白いものじゃろ。絶命直前で抗う姿など酒のツマミにぴったりじゃわい」
酒はツマミがあれば一際違う格別な味となるが、想像で飲める酒も案外悪くはない。
「そういうわけで我輩の魂は抜けきってしまい、肉体の復活はできぬが……」
「ええ、エンマの頭はこちらで操作させてもらいますね」
エンマの奥さんが水晶玉に両手をかざして、何やら呪文を唱え始める。
彼女は水晶玉に指先を当てながら、映ったエンマの頭をバウンドさせて彼の頭をどうにか操作することに専念することにしたが……。
「くっ、これは思っていた以上に難しいですね……」
「お前さんなら大丈夫。無駄な思考は捨て、繋がりたい意識のみを集中させるのだ」
しかし、初めのうちはエンマの殺意が無意識に残っているせいか、サキタラシめがけて攻撃を続けてしまう。
エンマの奥さんが完全にエンマの行動を操れるようになった時、サキタラシは苦痛に顔を歪めながらも、草原に寝転がっていた。
「エンマ、彼が思いもよらないダメージを負ってしまいましたが……」
「別に気に病む必要はない。彼も両対の羽ありなんじゃ。いずれ超回復の能力で傷は回復する」
「そうでしたね。彼も羽ありでしたね」
「ああ。すぐにピンピンして犬のように草原を駆け回るわい」
エンマの発言通りに水晶玉の映像でのサキタラシはゆっくりと起き上がり、エンマの頭から逃げ回っていた。
『──じゃあここで、お互いの最後の勝負を賭けた、ある競技でもしようか』
そこで水晶に映るサキタラシが徒競走で勝負してこないかとエンマの頭に伝えてくる。
「ほんと、相変わらず考えが読めない男ですね。このまま放っておきましょうか?」
「いや、中々面白い男じゃないか。ここは彼の言動に付き合ってやろう。我輩はすでにあの場にはおらんし、負けても何のデメリットもないんじゃから」
「確かにそれも言えてますね……」
「能力も使っていいと言っとるしの」
「ですよね……」
エンマの奥さんは初めは渋っていたが、超移動を使用して良いという条件にのってみることにした。
どのみちエンマの奥さんが操作を止めると、エンマの頭はただの頭になり下がるのだ。
彼女自身も母性本能をくすぐられたのか、ここは少しサキタラシと遊んであげようかという気持ちが滲み出してくる。
エンマの頭を上手いことバウンドさせながら彼との勝負に挑んだ。
だけど、ここで思っていた悲劇は起きた。
サキタラシが例の底無し穴に足をとられてしまったのだ!
「おい、お前さん。サキタラシを助けるんじゃ!」
「はい、仰せの通り、すでに頭を潜らせています」
「ふぅー、ヒヤヒヤさせるわい」
エンマの頭でサキタラシを押し出す感覚で、水晶玉を触る手が細かく震え出すエンマの妻。
疲労のせいか、額からは冷や汗が流れていた。
「……くっ。これは思っていた以上に力を使いますね。この分だと頭も助かるという見込みはないでしょう」
「まあ構わんよ。サキタラシ君が絶命するよりはマシな最善策じゃ」
サキタラシが無事に穴から出れたことを確認したと同時に、エンマの頭が穴の底へと空しく落下する。
一方で能力の使いすぎて疲弊したエンマの奥さんが地べたに倒れこんだ。
「はあー、疲れすぎて体が糖分を欲してます……」
「おおう、無理をさせてすまんな」
「いいえ、他ならない旦那様の頼みですから」
奥さんが額の玉粒を布切れで拭い、一口サイズの饅頭を食べながら、エンマに精一杯の忠誠を見せる。
「じゃあ、我輩はそろそろ逝くの」
「エンマ……」
エンマの奥さんに影が射すのを気兼ねたエンマが彼女の体を優しく抱き締める。
「ああ、そんな辛い顔をするでない。我輩もお前さんを末永く愛してるよ。それじゃあの、アミ」
「フフッ、ええ、私をその名前で呼ぶのも久々ですね。また新しいエンマとして出会いましょうね」
エンマは今まで支えてくれた奥さんに寂しくとも寂しさを感じさせない別れを告げた。
一足先に天国へと歩むけど、これからも我輩はお前さんと一緒だと──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます