第31話 死なせないって何のつもりだよ。どうせなら二人とも助けてからの死なせないだろうが!

「くっ、緊急回避だ!」


 サキタラシは横に転がり、エンマの頭の攻撃を避ける。

 あいにくエンマの頭は言葉を紡がず、感情というものもなく、ただその場でバウンドしてるだけである。


「どうやらあの頭は意識で繋がってるわけでもなさそうだな」

「ふむ。つまりあれはもう意識が無くて何者かが操ってるとでも?」

「首を切られても生きてる人間なんていないさ。まあ、エンマ大王だから分からないけどな」


 そう、相手とは激しい戦いを繰り広げた百戦錬磨のエンマ。

 彼がそう簡単に殺られるような相手じゃないはず。

 どこかにあの頭部を動かすからくりがあるに違いない。


 サキタラシは頭から距離をとり、最新の注意を払いながら辺りを見渡す。

 だだっ広い草原にある爆発した土景色の現場には、粉々になったエンマの防具とアイテムの破片が残ったままである。


「……いや、待てよ。よくよく見たら肉片らしきものが混じってないよな?」


 サキタラシは残骸のある地面にしゃがみこんでそれらしきものを探すが、やっぱりあるのは人工物だけだ。

 おまけに頭のみが動くからくりも謎に包まれたままである。


 数分後、エンマの頭がサキタラシの方を振り向き、ドリブルのように弾けながら、サキタラシの目の前に飛び出してきた。


「ぬおっ!? 僕の居場所が知れたと分かったらこれだもんな?」


 サキタラシが驚いて身をすくめるとエンマの頭はサキタラシの頭めがけて降ってこようとする。


 腹が無理なら、次は僕の首の骨を破壊するのが目的か?

 この頭、何も考えてないと見せかけて、人間の弱点というのをよく知り尽くしてる。


「冗談じゃない。僕はこんな所で殺られはしないぞ‼」


 僕はエンマの頭の攻撃をひらりとかわすと今度は草原を走り抜ける。


「でもまあ、僕とエンマは超回復できるし、このままでは決着は着かないよな」

「じゃあここで、お互いの最後の勝負を賭けた、ある競技でもしようか」


 僕は立ち止まり、草原にあった大人の握りこぶしほどの石を拾い、身近な草の緑の汁を擦り付けた。

 そして、その石を空にかざし、大きなカーブを描きながら、もう一人の対象者に投げつける。


「ヒミコ、これを受け取れー‼」

「あわわっ、女の子に石を投げるなんて、何のつもりだ。お主は‼」

「だったらギリギリで避けてくれ!」

「さっきから言うことが滅茶苦茶だな!?」


 ヒミコが辛うじて逃れ、地面に着地した石は蛍光塗料のように緑に輝いていた。


「エンマ、あの石が見えるか?」


 エンマの頭は相変わらず無言で跳ねている。

 まるで本能のままに動き続ける頭でもあるが僕の横で攻撃もせずに跳ね続ける限り、少なからず物事を理解してるようだ。


「いいか、ここからあそこまで約百メートルはある」


 サキタラシは指先をヒミコの方に滑らすように動かす。

 指されたヒミコはこちらの動きどころか、おっかなビックリしながら、僕が落とした石に靴のつま先を軽くちょんちょんと当てていた。


「ルールは簡単さ。僕と同時にスタートして走り、先にあの石の元にゴールした方が勝ち。単純だろ?」

「勝った方は負けた方に今後一切関わらず身を引き、負けた方は勝った方の言うことを一つだけ受け入れるのが条件だ。分かったかい?」


 エンマの頭は何も言わず、跳ねている草むらに少しずつヒビを入れて、茶色い土をあらわにさせる。


無論むろん、相手の走りを妨害して勝利を手に入れることも許す。特に今のエンマは頭しかないからな。能力の使用も可能とする」


 これくらいのハンデがないと頭側もやる気が出ないだろう。

 僕の望みとして、是非ともこのイベントに参加させたかったのだ。


「えっ、どうあがいても我輩が勝つだって? 言わせてくれる」

「勝利とは最後まで分からないものさ」 


 頭が僕の隣で跳ねるのを無言の承諾と受け、少し離れたヒミコに大きく手を振って見せる。  


「じゃあ、ヒミコ。スタートの合図をしてくれ!」

「うむ。分かった」


 僕とエンマの頭が横並びに整列したのを見て、ようやく意図を飲み込んだヒミコが審判の代わりとなる。


「……壱につき、ヨーイ」


 ヒミコの合図に身構える人間の僕と一つの個体。


「ドーン‼」


『ドカッ、ドカッ、ドカッ!』


 スタートしていきなり先陣を突っ切るエンマの頭。

 跳ねて進んでいるだけに、こうも速いということは超移動の能力を発動したのか。


 能力を使用できるということはエンマはやはり生きていて、遠方から頭に指示を出しているようだ。

 それはどういう仕組みかは不明のままだったが、これは大きなチャンスでもあった。


「うおおおおー! 動け、僕の身体ー‼」


 両対の天使の羽を出現させ、それと共に同じく超移動でエンマの頭を追い抜くサキタラシ。


『ドカッ、ドカッ!』


 エンマの頭も負けてはいない。

 僕と横並びの列になり、熾烈な徒競走は残り数秒で決着がつこうとしていた。


「──おわっ!?」


 そのゴール手前でサキタラシがバランスを崩す。

 彼が踏んだ草むらが沈み、すっぽりと身体を覆うくらいの穴が開いて、その穴に足を滑らそうとしていた。


「しまった、こんな所に底無し穴があったとは‼」

「サッ、サキタラシー!?」


 ヒミコの心配する悲鳴が聞こえる最中、僕の両足は深い穴の中へと沈もうとする。

 突然のことで羽で飛べることも忘れ、この先にあるのは地獄なのか? そう思った瞬間、ふと、その足の裏に安定感を感じた。


『ドカッ、ドカッ!』

「エッ、エンマ。何を!?」


 しかし諦めが悪いのは足元にもいた。

 エンマの頭が僕の足の裏に回り込み、小刻みにドリブルしながら僕を穴から救い出そうとする。


「そんなことをしたら、あんたはゴール出来ないだろ。これは明らかに僕が悪い。レース中に事故は付き物さ」


 僕は身体の力を抜き、自然に身を任せようとする。

 ヒミコが何かを叫んで穴に落ちる僕に手を伸ばすが、少しばかり遅かったし、か弱い女性の力では男の僕を引き上げれないだろう。


『ドカッ、ドカッ、ドカンッ!』

「おい、エンマ。お人好しもいい加減止めろって! 穴の底に落ちたら二度と出てこれないかも知れないんだぞ!」


 僕の忠告も無視して僕の体ごと、地上へと跳び跳ねるエンマの頭。


『ドカッ! ドカッ! オマエヲ……』

「エンマ、今、何か言って?」


 一瞬、頭が何か言葉を喋った気がしたが、問う時間さえも許されずに地上に押しやられた。


『ドカンッ!!』

『シナセナイ!』


 僕が地表に出たのと同時に真っ暗な闇の穴へと静かに落下していくエンマの頭部。

 その無表情に反して、今までになく凛々しい顔つきにも見えた。


「エッ、エンマー!?」


 ヒミコに肩を貸されたままでエンマに救いの手をかけようとすると、ヒミコは何も言わずに首を左右に振り、サキタラシの手をそっと退ける。


「無駄だ、もう彼は助からぬ……」

「くっ、エンマ。何してくれるんだよ。勝負には運も左右するんだ。あのまま行くとあんたの勝利は確定だったし、善人ぶってる場合じゃなかっただろ!」


 僕は草原に拳を感情のままに叩きつけて、己の非力さを憎んだ。


「それに死なせないって何のつもりだよ。どうせなら二人とも助けてからの死なせないだろうが!」

「……もういい、あまり自分を責めるな。サキタラシ」


 ヒミコが僕をガッチリと抱き寄せて、母性のような穏やかな瞳で僕を見つめてくる。


「……落ち着け、サキタラシ。これで終わったのだ。何もかもな」

「モゴモゴ!?」


 豊満な胸に押さえられ、心地よさよりも酸素が欠乏寸前だ。

 僕は助けられた相手に生と死の狭間を体感していた。


「ああ、すまぬ。今度は私が成仏させてしまう所だったな」

「……ゴホゴホ、全くだ。仲間の胸の中で堕ちるなんて、冗談じゃすまないぜ」


 ヒミコが慌てて僕を引き離す中、僕はなぜか心からの笑いを浮かべていた。


 そう、エンマとの長い戦いにやっとピリオドを打ったんだ。

 傍で笑顔でいるヒミコの言う通り、何もかも終わったんだ──。




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